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コメット墜落事故から学ぶ技術史と教訓

コメット墜落事故から学ぶ技術史と教訓16 コメットの構想から設計(開発システム、図面管理、図面承認、管理体制、組織)

前回の説明でコメット開発開始時の時代背景とコメットの企画を紹介してきた。

コメット墜落事故から学ぶ技術史と教訓15 世界初ジェット旅客機(コメット)の企画 (WWⅡ戦後の英国、応力集中、疲労破壊、企画)

前回で政府は、本当は高速で大西洋横断飛行が可能なジェット郵便輸送機の発注をしたが受注した開発、製造会社(デ・ハビランド社)は、なぜか大型4発ジェット旅客機の開発を宣言をして政府は、その宣言を受け入れてしまった。

政府の動きは、軍需省から2機、官営の英国海外航空から7機の発注をしてしまった。

ここからコメットの開発を見ていこう。

以前にも紹介させていただいた通り古今東西、通常の製品開発は次のような流れで行われる。

まずは、構想、レイアウト(大まかな設計)で何が起きていたのかを想像していこう。

コメット開発の構想、レイアウト(大まかな設計)

まずコメットクラスの巨大な機械、製品を開発するためのおおまかな技術者の必要な人数を考えてみる。

これほど複雑で巨大な機械だと機体だけでも少なくとも300人くらいの技術者が関わって関連会社を含めれば1000人クラスの規模の開発になる。

飛行機の多くの場合には、基本的にエンジンは、他のエンジン会社から買ってくるのだが英国の名門エンジン会社のロールスロイスは軸流式ジェットエンジンの開発に手こずっており手が空いていなかった。

仕方がないので当時の遠心式ジェットエンジンの最強クラスであり自社開発、生産のため融通が効くことから自社製品のゴーストを使うことにしたようだ。

そうなるとジェットエンジン ゴーストの適用の開発に関連会社を含め少なくとも500人以上のエンジニアが関わってくる。

トータルで1500人以上の技術者が必要になりそこに経営陣、マーケティング、製造部門なども関わってくるので全体で2000〜2500人が関わるビックプロジェクトになる。

ここで構想、レイアウトの部分を見ていこう。

コメットの構想

新しい製品の未知の領域の足の踏み込み方は、前回に一通り紹介してきた。

おそらくコメットの構想時には残念ながら焦っていたこともあって十分に検討がなされていたとは、考えづらい。

おそらくだが既に肝になるジェットエンジン、与圧室の技術はある程度の水準で確立されていたため前回に紹介したボトムアップ型で構想した可能性が高い。

特に政府主導の大型プロジェクトかつ世界初のためかなり急いでいたと思われるのでコンセプトの決定から開発スタートの期間は、かなり短かったと思われる。

ここで前回のブランゾン委員会の1年間が無駄になってしまったことがかなり効いてくる。

また政府の構想では、大西洋横断の可能な高速郵便輸送ジェット機から開発、製造会社が提案する大型4発ジェット旅客機に変更されたため受注から開発スタートまでの2年間はコンセプト決めにほとんどの時間が取られたと考えられる。

この段階で一応ながら応力集中、疲労破壊の懸念は挙がっていた思う。

その根拠に、十分ではなかったがコメット開発時に与圧室の疲労試験を実施している。

しかしながら既知の技術として、それほど重要課題として考えられて無かったのではないかと思う。

ここまでの問題は、筆者の想像だが未知への領域での技術課題よりも焦りや急いでいたことから如何に早く量産することに重きが置かれていたと思われる(おそらくアメリカの猛追がかなり恐怖だったと思われる)。

つまり何が未知の領域で、どんな技術課題が存在し、どのように解決するのかの検討が十分で無かったことだ。

筆者の経験でもこの段階の検討が十分でないことによる開発途中での様々なトラブル(技術の問題やコストの問題)でプロジェクトが頓挫するのを社内でいくつか見たことがあるし軽微のことなら筆者も体験している。

筆者が見たことがる中で一番酷いのは、既に量産用の金型や工作機械、専用ラインまで準備が終わった量産間近にプロジェクト中止になったこともある。

目の前には、出来上がった新型車が何台もあるにも関わらず量産中止だ。

具体的な損失金額は、言えないがレベルとしては数百億円のお金と数年の貴重な時間が消えた。

この段階でのミスは、プロジェクトの失敗の致命傷になる影響が非常に高いのだ。

ここでどれだけ精度の高い構想、レイアウトができるかどうかが経済だけでは、わからない企業の実力になる。

残念ながら当時の英国政府、開発製造会社(デ・ハビランド社)は、この段階で焦りから既に大きくつまづいていたと考えられる。

次に設計段階を見ていこう。

コメット開発の設計

上でのコメットの構想、レイアウト(大まかな設計)からコメットに必要な部品や各部品の要求仕様は、だいたい決まってくる。

その決まった要求仕様に基づいて各設計者が実際に詳細な検討を実施し部品の設計図を描いていくのだ。

通常、この設計図を描く段階からテスト部門(試験係)の人も交じって部品の仕様の検討やテスト(試験)で確認することを決めながら進めていく。

ここから具体的に設計に注目して見ていく。

設計の様子

ここでコメットの墜落事故の大きな原因の一つになった与圧室の窓の角やアンテナ穴の応力集中に関して考えてみる。

通常であれば応力集中が発生しそうな部位は、“テストの時に注意してチェックしておこう“と設計部門とテスト部門で決める(勿論、設計も実際のテストを見にいく)。

現代の設計でも部品を設計しているときに計算上で強度が大丈夫なことがわかっていても応力集中が発生しそうな部位は、テスト部門の人にテスト時に注意して見ておくように頼む。

設計の検討時に応力集中は形状でどのくらい応力が集中するかは、大まかに予測できるものの、実際に応力を測定するまでは、正確にどのくらいの応力(荷重)が発生しているのかは、実測しないとわからない。

このように疲労破壊に関しても設計時にテスト部門の人と入念に打ち合わせを行い、どのようなテストで、どの部位を注意深く見ていくのかを決めながら進めていく。

残念ながらコメットの開発時のテストのザルさ加減、RAEによる再現テストの結果か応力集中への注意、配慮や検討が大きく欠けていたとしか考えられない。

初心者でもわかる材料力学17 応力集中って何だ? (応力集中、形状係数、応力集中係数)

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次にコメット墜落事故の直接的な原因となった疲労破壊の検討の様子を考えていこう。

幾ら疲労破壊の知見不足だったとは言え、設計の検討がある程度、まともに行っていれば実機で1000回程度の飛行で疲労破壊することはあり得ない。

普通のエンジニアの感覚からすれば疲労破壊の知見不足による設計の検討内容と実機との寿命差は、おおよそ10〜20%程度の差が発生することはあるかもしれないが設計の検討に対し実機の寿命が10%にも満たないのは、明らかに何かが致命的におかしいのだ。

筆者の想像では、疲労破壊の問題以前に検討するための事前条件が完全に間違えていたとしか思えない。

つまり構想、レイアウトの時点で既にコメットの使われ方、環境の変化(高度変化による気圧変化など)などが現実と大きく乖離していたことにより全く意味のない疲労破壊の検討をしていたと考える(構想、レイアウトの検討不足が効いてくる)。

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ここまでが実際の設計現場の様子の想像だ。

次に設計図のチェック、管理体制を考えていこう。

設計図のチェック、管理体制

古今東西に関わらず機械、製品開発における設計図は、テスト部門の人や設計者の上司など多くのチェックを通過しないと設計図は正式発行されない。

さらにこのような大きな名門会社、大きなプロジェクトだと通常は、設計図は担当者が描いた後に直属の上司(課長クラス)がチェックを行いさらにテスト部門の人のチェックが入る。

さらにもっと上の部長クラス(役員クラス)やコメットのプロジェクトの総責任者や場合によっては、経営陣のチェックが入ることもある。

また設計図だけでなく設計の担当者は、設計の検討書や計算書の提出が求められ、その内容は設計図同様にかなり厳しくチェックされる。

しかも設計図と検討書を合わせて社内審査(デザインレビュー、設計レビュー)といったものが複数回ほど行われ設計部署だけでなく経営陣を含めた多くの人の厳しいチェックを乗り超えないと開発が前に進めない仕組みにするのが普通だ。

まして国家プロジェクトとなると設計の節目のタイミングで会社だけでなく政府のチェックも受けていた可能性が非常に高い。

つまりこのような厳重なチェック、管理体制下において窓の角、アンテナ穴の応力集中という機械設計にとって基本的なことを関係者全員が見逃すとは、非常に考えづらい。

本来ならば早期に疲労破壊が発生するような応力集中する部位は、設計図のチェック、管理体制、設計審査で発見される。

ましてや疲労破壊の寿命予測の検討結果に対するチェックは、安全に関わる重大事項なのでかなり厳しく見られるはずだ。

おそらく開発、製造会社のデ・ハビランド社や政府もコメット以前から軍、民に関わらず飛行機の開発の経験は、十分のあったはずであり、ここまで述べたような厳密なチェック、管理体制は構築されていたはずだ(開発システムの確立)。

それにもかかわらずコメットが連続で墜落事故を起こしてしまったということは、この設計図のチェック、管理体制が全く機能していなかったかザルだったと考えられる。

いくら応力集中、疲労破壊の知見が不足していても英国の超一流の精鋭エンジニアや過酷な戦争を戦い抜いたベテランエンジニアの全員がこんな基本的なことを見逃すとは筆者には、考えられない。

戦前の日本ですら設計図の厳重なチェック、管理体制は確立されていた。

零戦の開発(1940年頃)を例に挙げるとリーダーである堀越技師(確か当時、課長)が設計指針を示し、基本的には部下の若い人達が図面を描いたり検討計算を行なっている(現代の開発でもリーダーが図面を描くことはない、図面や詳細検討は担当者が実施する)。

部下が検討した結果や設計図を堀越技師が細かいチェックをし、場合によっては検討、設計のやり直しになる。

どうも調べてみると図面や検討内容に対し相当に厳しい人だったようだ(基本的には、優しい方だったらしい)。

その上でさらにお客さんである軍部(海軍)が主体となって節目で設計審査を、実施するのだ。

ここで軍人の目で見てダメなところがあれば指摘をされて、場合によってはやり直しになる。

このように設計図は、厳しいチェックを何度も受けないと正式に発行されないのだ。

この辺りの詳細は名著:零戦に詳しい。日本の尊敬するべき大先輩の堀越さん、曽根さん、本庄さん、三菱自動車 初代社長 東條輝雄さん(東條英機の弟)の青春時代が載っている。

現代と環境は違えど開発の人の気持ち、現場の様子、やり方。情熱は全く変わらない。

是非、興味があったら読んで欲しい。

1940年以前の日本で、できていたことが1947年頃の英国で、できてない理由を考えるのは、難しい。

唯一、考えられるのは開発時間の厳しい制約やプレッシャーのため設計図のチェック、管理体制が整っていたものの、かなりザルになっていた可能性が高い。

筆者も開発時間があまりにも短い機種で本来ならば門前払いレベルの設計図でも時間の無さやプレッシャーから設計図が出図されていくのを見たことがある。

当然、テストの時に大トラブルを起こしてやり直しになり余計に時間がかかってしまうオチになることがほとんどだ。

一番、酷いのだとテストもザルになり量産されてしまい市場でトラブルが起きているのを見たことがある。

筆者の思い出話だが開発は、筆者は全く関係がないのにその市場トラブルの解決の仕事を筆者に押し付けられて酷い目に会ったことがある。

何故か筆者は開発の当事者でもないのに開発での反省や再発防止などのまとめをやらされ事前に発見できなかったことを上層部からこっぴどく怒られた(上層部は誰が開発したか知らないしどうでもいい)。

まあ、そのおかげでみっちりと信頼性工学や原因分析(FTA、FMEAなど)などを勉強し実践し身に付いたので良しとしよう。

コメット設計時の問題点のまとめ

おそらくこんな感じでコメットの設計現場でのミス、設計図のチェック、管理体制のミスが同時に発生し未熟な設計図が出図されてしまったと考えられる。

つまり何が言いたいのかというとコメット墜落事故の原因は工学上の応力集中と疲労破壊だけでなく開発製造会社(デ・ハビランド社)と英国政府の主に焦りからくる組織、管理、開発システムに大きな欠陥があったと考える。

通常は担当者の技術レベルの高低になるべく頼らないように組織、管理、開発システムで相互補完をし企業の最大実力が発揮できるようになっている。

当時の技術背景を考えると組織、管理、開発システムが正常に機能していれば応力集中、疲労破壊の予見は設計の段階で不可能ではなかったと考える。

少なくとも構想段階でのチェック、設計者のチェック、テスト部門のチェック、上司のチェック、設計審査でのチェックと最小でも5回も確認する機会があったのだ(実際はもっと多い)。

その全てのチェックで応力集中、疲労破壊の懸念の指摘が全くなかった確率はかなり低い。

ここまでが構想〜設計までだが、既に大きな問題を抱えていたと考えられることがわかっていただけたと思う。

次回は、コメット開発の地上試験から先を考えていこう。

コメット墜落事故から学ぶ技術史と教訓17 コメットの地上試験、テスト(開発システム、機能、性能、耐久、製品開発テスト)

小話なのだが実際の設計者が設計図を描いている時間は全業務時間の10%未満。

ほとんど他部署との打ち合わせや出図のための資料作成、関連会社との調整や審査が主な仕事時間である。

ましてプロジェクトリーダーや主査(細かい技術を知らない)なんてほとんどはコストと周囲の調整だけで技術の仕事はできない(図面も当然、描く時間がない)。

皆さんがイメージするいつも計算と図面を描いている幸せな設計者期間は入社5年くらいでで終わってしますのだ(ここでどれだけ体験できたかが今後の勝負になる)。

ここでオススメしたいのがアマゾン キンドル アンリミテッドだ。アンリミテッドだと数多の本が月会費だけで読める(漫画〜専門書まで幅が広い)。

今回の記事で紹介したコメットの話が紹介されている名著、失敗100選などの本が安く読める。

しかも流石、本屋が原点であるAmazonだけあって機械工学の専門書がそこそこ揃っていてかなり使えるサービスだ。

特に機械工学の専門書は高額になることが多いので少しだけ読みたい分野の本を眺めるのに非常に役に立つので是非、オススメしたい。

折角なのでさらに機械設計で必須の本があるので紹介しよう。

はっきり言って中身は不親切極まりないのだがちょっと忘れた時に辞書みたいに使える。このブログを見てくれれば内容が理解できるようになって使いこなせるはずだ。

またよく使う規格が載っているので重宝する。JISで定められて機械材料の特性が載っている。

多くの人が持っていると思うが持っていない人はちょっとお高いが是非、手に入れて欲しい。但し新品は高いので中古で購入を考えている方は表面荒さの項目が新JIS対応になっているのを確認することを強くオススメする。

また本ブログをキッカケとしてエンジニアとしてステップアップして大きな仕事を掴む手段の一つとして転職するのも一つの手だ。

やはり予算の大きい機械設計、規模が大きい機械設計、大きな仕事をする場合は日本においては大手に入って仕事をする方がチャンスの機会が多いと思う。

私も最終的に転職はしていないが自分の将来を模索していた時期に転職活動をしていくつか内定を頂いたことがある。

折角なのでその経験(機械設計者の転職活動)を共有できるように記事に起こしたので参考にして頂ければ幸いだ。

転職活動シリーズ1 私の転職活動概要(機械系エンジニア、30代半ば2010年代の中頃)

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  • この記事を書いた人

kazubara

輸送機器メーカーでの元エンジン設計者。15年の職務経験から機械設計知識を伝道します。また職歴を活かしてエアソフトガンをエンジニアリング視点で考察して行きます。

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