前回までの紹介でコメット墜落事故の一般的な工学上の教訓ともう一度、どんな教訓が得られるかを少し考えてみた。
前回の原因の再考で周辺の関係者、組織とコメットの多視点チェック、相互チェックについて述べた。
ここからは、コメットの開発、製造時にどんな問題があったのかを考えていきたい。
より理解を深めるためにまずは、現代の未知への領域への挑戦の仕方の一例を紹介する。
おそらく未知への領域である高高度、高速飛行のコメット開発時にも同じような検討をしたと思うので是非、目を通していただきたい。
前回の最後に未知への領域へ挑戦するときは、未知の部分を如何に具体化するのかが攻略のポイントだと述べたので今回は、実際にどのようにして具体化していくのかを紹介する。
未知の領域の具体化
まずは何を具体化するのかというとこれから開発する機械や製品は、どんな事象が発生するのかをひたすら挙げていく。
コメットの場合だとついついジェットエンジンという新機構、機械に目が行ってしまうが、そこは我慢して飛行機のコンセプトから起こり得る事象を考えて挙げていくのだ。
例えばどんなことが未知の事象なのかを幾つか挙げていく。
・既存の旅客機より高速で巡航する。
・既存の旅客機より遥かに高い高度を飛行する。
・似た性能の軍用機と異なって高高度、高速で長い時間、距離を飛行する。
・似た性能の軍用機と異なって機体に要求される寿命が長い。
・似た性能の軍用機と異なって発着陸の回数が多い。
・似た性能の軍用機と異なって搭乗人数が多い。
などと既存の物と比較して何が未知の事象なのかをどんどん具体化していく。
理想的なやり方は、エンジニアだけでなく自然科学者、人文系専門の人などの多くの分野の人を集めて事象を上げていくと抜け漏れが減って発生し得る事象をより網羅できる。
この段階では、多少の抽象的なことでも受け入れてなるだけ多くの考え、発想を集めることが重要である。
簡単に言うともしコメットが飛んだらどんなことが起きるのかを想像して考えついたことを挙げていくのだ。
これは、かなり重要な検討内容でここで抜けや漏れがあると後で大変なことになる。
もしどんな事象が起こるのかわからない場合は、わかるための研究をするか辞めるかの2択である。
発生事象の工学的な意味づけ
次に具体化した事象を工学上でどんな意味を持っているのかに変換していくのだ。
・高速で巡航する→より大きな推力により高い負荷が機体にかかる。
・高い高度を飛行する→機体は、低温、低気圧の環境にさらされる。
・長い時間、長い距離を飛行する→速度と環境による負荷が長い時間発生する。
・寿命が長い→要求される疲労強度が高い。
・発着陸の回数が多い→繰り返し荷重の回数が多い。
・搭乗人数が多い→機体が大型化され機体への負荷が大きい。
この部分から機械の専門家、電気の専門家、材料の専門家などがメインになってひたすら工学上の意味(定義)へ変換していく。
ここでのポイントは、なるだけ既存の学問、工学知識の言葉、式を駆使して事象を表現することが大切である。
少しだけ専門的に言うとコメットに必要な機能を考えていくのだ。
当然ながここでも起き得る事象に対して工学上の意味付けができない場合は、基礎研究が必要になる。
さっきの事象と同じでここで基礎研究をするのか辞めるのかの2択になる。
工学的な意味の数値化
ここまで変換したら次にそれぞれの工学上の発生する事象の程度を考え数値化していくのだ。
・大きな推力による高い負荷がかかる→推力XX[kw]、XX[N]の負荷がかかる、速度XXX[km/h]の抵抗が機体にかかる
・低音、低気圧環境→気温XX[℃]、気圧XX[atm]の環境
・負荷が長い時間発生する→XX時間の間、負荷が掛かる
・寿命が長い→要求寿命XXXXX時間、XXXXX回の使用に耐えれること
・繰り返し荷重が多い→XXXXX回の繰り返し荷重が掛かる
・機体の大型化による負荷増加→XXXXkgの負荷、$ XXXXm^3 $相当の抵抗が掛かる。
このようにしてどんどん具体化していくとどんな条件の機械が必要になるかわかるのだ。
少し専門的に言うとここでは上で判明した必要な機能に対してそれぞれの必要な性能を決めていく。
もしここで数値化(性能化)ができない事象があったらまだその領域を攻略するのに基礎技術が足りないと判断する。
つまり基礎研究をするか辞めるかの2択になる。
基礎技術の具体例としては測定方法の確立が最も代表で測定できない事象には、工学では全く対応できないのだ。
例えばアポロ計画の月に行くのも地球から月までの距離や宇宙の環境が正確に測定できたので挑戦できるようになった。
そりゃ行き先は、決めたけど距離が分からない、どんな環境かわからないと、どうやって行けばいいのか考えようがないのと同じである。
だからアメリカが無人探査機を火星、木星などの宇宙にバンバン飛ばしているのは、将来の儲けや工学の発展に活かすためにガンガン環境を測定してデータを集めてるのだ。
もちろん純粋に科学的な探究心から実施している部分もあるが世界は、そんなに優しくなくて長期的な戦略に基づいて将来もライバルに勝ち続けるために常に競走しているのだ(公表しているデータは、既知のもので本当に大切なデータは機密)。
後は、その条件に従って設計を進めて確認テストを考えていく。
設計は、まずは条件に対応できる既存の機構や部品を考える。
条件によっては、既存の物で対応できないこともあるのでそのような時は、対応できる機構や部品を研究するか辞めるかのどちらかになる。
一方でテストの人は、まずは既存のテストでどんな条件が確認できるかを考える。
条件によっては、確認できなものが出てくるので確認できるようなテストを考える。
もしここで条件に対応する試験設備や測定方法が既存の物でない場合は、設備をつくったり測定方法を研究するか辞めるかのどちらかになる。
コメットの与圧室を例に挙げれば大きさは搭乗員50人分、掛かる負荷はXX[atm]、寿命はXXXXX[時間]などと条件が決まり設計を進めていく。
一方でテストの人は、高高度の環境の再現(気温XX℃、気圧XX[atm])や負荷を与える方法(圧縮空気、水)、テスト設備(プールとか)などを考える。
このような条件を設計要件、テスト要件と呼んで、まとめたものを仕様書(Spec)と呼ぶ
こんな風なやり方を要件定義 開発とか要求開発と呼んだりする。
最近流行っている開発手法(アジャイル開発とかウォーターフォール開発など)の一つだ。
このやり方の基本ルールみたいなのは、システムズエンジニアリングなどで仕組みができてたりする。
この辺りは、機械設計だけでなく何かを創造する(組織、仕組み、プログラムなどなど)のに非常に有用なので後で超詳しく解説する。
ここまでの検討で新たに投資が必要な部分(機構や部品、測定方法の研究、テスト設備準備)と既存の物で対応できる部分がはっきりし、得られる利益や名声(メリット)などと天秤に掛けて経営判断をする。
つまり技術者は、学問の習得レベルや設計スキルだけでなくこのような分析力、観察力がもの凄く大切になる。
またエンジニアという職業は皆さんが実現したいことを工学上の具体的な意味(機能や性能)に変換する翻訳者みたいなモノだとも言えると思う。
どれだけ高名で学問だけが優秀なエンジニアでも見逃しや抜け漏れは必ず出てくる。
ここまでで重要なのは、如何にして多くの人、視点で物事を見れるかが大切である。
まとめると未知への領域へのスタンダードな攻略法は
になる。
こんな感じでまとめた書類を要求定義書と呼び英語ではRFP(Request For Proposal)と呼ぶ。
この開発手法は、古いところだと皆さんがご存知の戦闘機Fー15、Fー16で最新だとF-22、Fー35などで適用されている。
もし気になる方がいればRFP F-15、RFP A-10などで検索すればアメリカのNASAやJPL(ジェット推進研究所)が当時の要求定義書を見ることができる。
英語でしかないので解読が少し大変かもしれないが読んでみるとかなり面白いと思う。
後で詳しく説明するが最近時、F-35戦闘機が統合打撃戦闘機(Joint Strike Foster)を目指して苦労した理由の大きな要因はこの要求定義書(RFP)が今までとは比較にならないぐらい量が多かった。
つまり要求される性能が空軍、海軍、海兵隊に加え戦闘機、攻撃機、軽爆撃の役割を統合するので莫大な量になってしまった。
しかも同じ国でも空軍、海軍、海兵隊で運用体系、兵器体系も異なるのでより複雑化してしまったのである。
つまりFー35にとっての未知の領域はあらゆる組織、ミッションを一つの機体でこなす統合化だったのだ(個々の技術は既存のモノ)。
これを解決するのに米国は、システムズエンジニアリングと言って要求から出てくる必要な機能、性能を整理する専門家を多数、育成し雇っていた。
実は今でもF-35関連のシステムズエンジニアの求人が出ていたりする。
未知への挑戦時の技術者倫理
ここで未知の領域に対して正しい分析ができないと誤った経営判断に繋がり、最悪時には会社が飛ぶ。
まあ会社が飛ぶだけなら自己責任で済むが機械や条件によっては、事故を起こし最悪の場合は、返ってこない人命が失われることがあるのだ。
とても責任重大な検討で、どんな些細なことでも人に危害を加えないように細心の注意を払って取り組もう。
これが技術者倫理に大きく関わるのだ。
具体的に筆者が見たことがある最悪な事象は、プライドや名誉、出世欲で目が曇り本当は、何が起きるのかわからなかったりできないことが理解できるはずなのに“できます、問題ありません“と言って進めてしまうのだ(ほとんど不正に近い)。
その性で開発時にトラブルが多発したりして周りの人や組織、会社に多大な迷惑を掛けてしまう。
その程度だったらまだ許せるが、さらにひどいのが未成熟な製品が市場に出てしまいお客さんに迷惑を掛けてしまうこともある。
だからこのような未知の領域の検討は、煩悩を捨てて正直な目で見ないと後で大変なことになる。
ここまでのやり方が製品のコンセプトから検討するトップダウン型の考え方になる。
逆に研究していたら新しい現象が発見できた、測定方法を見つけた、機構ができたことからコンセプトに登っていってどんな製品ができるかを考えるのをボトムアップ型の考え方になる。
いずれにせよ最後の結果全体は、両者で同じになる。
アプローチ方法が異なるだけなのだ。
筆者の経験上では、前者の考え方は欧米に多く、後者の考え方は日本に多いように感じる。
さらに日本は、前者のコンセプトを考えて決断することが非常に苦手である。
最近では、経営判断のしやすさからかコンセプトから考えるやり方が流行っていて日本の競争力が比較的、弱くなり非常に心配である。
その顕著な例が最近の国家戦略である“電動化、カーボンゼロ“や“コロナ対策“に見て取れる。
両者とも典型的なコンセプトを決めて具体化していくトップダウン型である。
トップダウン型の進め方は、説明した通りコンセプトからどんどん具体化していって最後には、設計条件や施策の内容まで具体化するのだ。
しかしながら日本ではコンセプトは決めたものの“どんな事象が発生する、工学上の意味、数値化“の情報があまり出てこなくていきなり最後の設計条件である自動車の電動化や具体的な施策であるコロナ自粛要請を実施するのでなかなか納得しづらい(なんとなくやってしまう)。
特に日本の政府、企業は上で説明した要求定義書(RFP)を作成するのが非常に苦手なのだ。
このトップダウン型の開発手法は、日本だとJAXA(宇宙航空研究開発機構)、IPA(情報処理推進機構)、慶應大学などで頑張っているのだが、なかなか広まらない。
特にコロナ対策で“政府の説明不足“と言われてしまうのは、コンセプトと施策の間の検討内容をブラックボックスにして見えないからだ。
単に言いたくなくてブラックボックスになっているだけなら良いが(良くないか)、実は全く検討していなくて思いつきで施策をやってみましたでは困るのだ。
筆者の心配しすぎなら良いが・・・。
とここまでが古今東西、過去から現代に関わらずに未知の領域に足を踏み込むときの主な考え方である。
ここまでの考え方が整理されていないとなかなか未知の領域に挑戦することは難しい。
コメット墜落事故の真の教訓もこの未知への領域への挑戦の仕方に隠れていると筆者は、考えている。
つまり工学上の問題だけでなく構想、開発システムにも大きな問題があったと考えられるのだ。
これらを踏まえて次回からコメットの一連の流れを時系列別に追っていこう。
ここでオススメしたいのがアマゾン キンドル アンリミテッドだ。アンリミテッドだと数多の本が月会費だけで読める(漫画〜専門書まで幅が広い)。
今回の記事で紹介したコメットの話が紹介されている名著、失敗100選などの本が安く読める。
しかも流石、本屋が原点であるAmazonだけあって機械工学の専門書がそこそこ揃っていてかなり使えるサービスだ。
特に機械工学の専門書は高額になることが多いので少しだけ読みたい分野の本を眺めるのに非常に役に立つので是非、オススメしたい。
折角なのでさらに機械設計で必須の本があるので紹介しよう。
はっきり言って中身は不親切極まりないのだがちょっと忘れた時に辞書みたいに使える。このブログを見てくれれば内容が理解できるようになって使いこなせるはずだ。
またよく使う規格が載っているので重宝する。JISで定められて機械材料の特性が載っている。
多くの人が持っていると思うが持っていない人はちょっとお高いが是非、手に入れて欲しい。但し新品は高いので中古で購入を考えている方は表面荒さの項目が新JIS対応になっているのを確認することを強くオススメする。
また本ブログをキッカケとしてエンジニアとしてステップアップして大きな仕事を掴む手段の一つとして転職するのも一つの手だ。
やはり予算の大きい機械設計、規模が大きい機械設計、大きな仕事をする場合は日本においては大手に入って仕事をする方がチャンスの機会が多いと思う。
私も最終的に転職はしていないが自分の将来を模索していた時期に転職活動をしていくつか内定を頂いたことがある。
折角なのでその経験(機械設計者の転職活動)を共有できるように記事に起こしたので参考にして頂ければ幸いだ。
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