前回で与圧室のような故障したら即、安全に重大な影響を与える機械の設計思想を説明した。
今回はもっと具体的にコメットのような巨大な与圧室を設計する難しさを考えていく。
この与圧室の設計、製造はコメットの開発当時の1950年代でも現代でも変わらず超難関な機械である。
現代でもごく限られた企業でしか設計、製造ができないだろうと思われる。
限られた企業や団体で着実な実績と技術の伝承がなされてやっとできている機械なのである。
では、実際にどのように難しいのかコメットを例にして見ていこう。
コメットの与圧室の大まかな設計条件
実際に与圧室の設計に必要な大まかな条件を考えていこう。
まず条件がざっくりと次のようになる。
1、地上の気圧1atm(大気圧)、20℃から高度12000mの気圧0.1atm以下、−40℃くらいの間を連続的に変化環境で常に一定圧を保つこと。
2、与圧室に窓や出入り口を設置すること。
3、軍用機(せいぜい10名程度)とは異なりパイロット、乗客含め50人程度を収納する大きさにすること。
3、動力源(エンジン)がどんな状態でも正常に作動すること。つまりエンジン始動時の低出力時でも高速飛行のエンジン最高出力でも関係なく常に正常に作動すること。
4、全ての条件を満たしつつなるだけ軽量にすること
という過酷な条件だ。
最初に与圧室に掛かる負荷を簡単に説明しよう。
与圧室に掛かる負荷を考える
まず与圧室内の気圧の決め方は地上の1atm(100kPa)から運転最高高度12000mの気圧0.2atm(20kPa)の差の半分0.6atm(60kPa)にする。
理由としては地上が100kPaで与圧室内の60kPaより大きいので差+40kPaになる。
高度12000mでは与圧室60kPaに対し大気圧20kPaなので-40kPaとなりどちらの高度でも与圧室全体にかかる負荷が同じくらいになるので60kPaにするのである。
これが飛行するたびに繰り返して作用するのである。
要するに初心者でもわかる材料力学22 疲労破壊で説明したように平均圧力(平均荷重)0kPa(高度6000mで釣り合う)で繰り返し圧力(振幅荷重)が±40kPaになるのだ。
この40kPaってかなり大きくてわかりやすいような言い換えをすると面積が$ 1m^2 $の板に4000kgの力で押したり引いたりを繰り返しているのだ。
わかりやすく言い換えると4トンの負荷が掛かる。
しかも旅客用で与圧室が50人収納できるくらいでかいので表面積(面積でもいいや)がかなり大きいのでかかる荷重の総量は、自ずと大きくなるのだ(圧力は、面積あたりの荷重である)。
つまり繰り返し圧力による疲労破壊を起こす可能性があるのだ。
与圧室を0.6atmに保つもう一つは、人間が気圧0.6atmだと少し息苦しいが生命活動に支障がないのも大きな理由になる。
これが与圧室にかかる基本的な負荷になる。
そうすると与圧室に使う材料を決めれるのだが、かなりいろんな意味で凄いことをコメットは、やっている。
コメットでは与圧室の材料として条件4の軽量にするためアルミ合金の高級材の7000番台の超々ジェラルミンを選定したようだ。
ここで既に難題になる。鉄の代表の高級鋼の引張り強度が700MPaくらいでいくら最高級ジェラルミンといえど引張り強度400MPaくらいで強度は、6割未満である。
いくらアルミの比重が2.8で鉄が7.8で軽くなるといっても同じ体積で6割未満の強度の部材を与圧室(圧力容器)に使うのはかなりヤバイ。
アルミ合金で潜水艦を作るようなもんだ。こんなのは、すぐに圧壊して沈没する。
普通は圧力容器(与圧室)は鉄である鋼を使うのが安全上、普通のことである。
筆者は、恐ろしくてこんな大事な与圧室にアルミ合金を採用する勇気がない。
しかもアルミ合金は、引張り強度が高くても弾性域が鋼に比べ短いので疲労限度は、さほど高い値にはならないのである。
引張り強度の詳細は、
疲労限度の詳細は、
さらに飛行機は、飛行抵抗を減らすためになるだけ軽く、コンパクトにする必要があるので与圧室の肉厚は、そこまで大きく取れないはずだ。恐らくかなり強度に関して無理をした設計になっていると思われる。
次に旅客機には必要不可欠なドアや窓の構造を考えてみよう。
飛行機に必要な窓やドアの構造を考える
次に条件2の窓と出入り口を取り付けなきゃいけない。
圧力は、パスカルの原理であらゆるところに均等に作用して弱いところを見逃さない。
つまり窓やドアみたいな接合部はかなり危ない。
だから潜水艦は基本的に窓は、無いし蓋のような開閉部の数や大きさも必要最低限にしている。
軍用機も戦闘機は別として複数人で運用する飛行機には、パイロット室以外に窓が付いていることは稀だ。
でも旅客用なのである程度の数と大きさの窓とドアが必要になる。
窓だけ紹介する。
誰もが思う簡単な窓の取り付けは次の図のようになると思う。
そう外側、客室側のどちらから取り付けても壊れるのだ。
窓の面積が仮に$ 0.25m^2 $だと(おおよそ50cm×50cm)しても掛かる荷重は、±1000kgである。そう1トンになる。
そんなのが窓に掛かったら引っ張られる方向にすぐ壊れる。
一発破壊の曲げ応力による破壊の詳細はこちら
だから超コストが掛かって製造が難しい次のような構造になる。
さらに高度差で窓が曇るので窓の中に曇り止め用のガス(恐らく窒素ガス)を封入しなければならない。
接合は、ボルトやリベットは無理なので接着だと思う。
見るからに大変そうなのが解ると思う。しかも旅客機なのでこんな窓が何十個もある。だから重く複雑になり全体で軽くするため与圧室の肉厚が虐められて薄くなる可能性が高いのである。
しかもシールに使うゴムは高度0mの20℃くらいから高度12000mの−40℃くらいまで耐えなきゃいけないので相当高価で生産が難しいゴムになる。
さらに、この構造だと窓の交換やメンテナンスができないので機体寿命の間、ずーっとノーメンテで正常な状態を保つ必要があるのでかなり設計、製造が大変だ。
とにかく、たかが窓でもかなり難しいのである。ドアなんか考えたくもない。
ここまでで与圧室の設計の大きな問題に触れたけれども実は製造も超難しい。
次に製造方法を考えてみよう。
巨大な与圧室のつくり方を考える
次に条件3の50人収納できるサイズの与圧室を製造するのがメチャクチャ難しい。
まず与圧室は密閉容器のようなもんで何かで蓋をしなきゃ密閉できない。
さらに50人収納できる大きさの容器を一気に作ることはほとんど不可能である。
しかも7000番台の超々ジェラルミンは物性で溶接(材料を高温で溶かしてくっ付ける)が可能だが難しい。
一応、溶接自体はできるのだがあまりにも巨大で精密な部品なので溶接時の熱で部品が変形したり強度が変わってしまうのだ。
かなりお手上げ状態だがそこは英国の維新をかけたプロジェクトだけあって天才がいた。
まず与圧室を分割してつくってそれをエポキシ接着剤(当時のイギリスは接着剤技術が優れていた)でくっ付けて完成させたのである。
特に開発、製造会社であるデ・ハビラント社は、戦時中に木製の戦闘機モスキートを接着剤を駆使して生産していたので自信があった。
一見、簡単そうに見えるけど超難しいのだ。
分割した与圧室が大きくて数が多いと製造誤差によって部品を合わせる面がずれてきたりして接着面積が減って強度が下がるのだ。
実際に何分割したのかは、知らないけれども仮に9分割でもかなり誤差が積もるのだ。
公差の積み重ねの詳細は、こちら
さらに接着剤が厄介で接着面の全てに必要十分な接着剤が入ってしっかりくっ付いているのかわかりにくいのだ。
はっきり言って検査がかなり面倒になる。
最悪では非破壊検査で磁気や超音波を使った方法があるのだがそれでも保証するのは難しい。
少しでも接着不良があれば気圧は見逃さずに漏れていったり異常な圧力が掛かって壊れる。
まあ接着面が広いので次のような接着剤ダマリ用の溝を縦と横に接着部品のお互いに少しずらして設けて確実に接着できるようにしていると思う。
こうやって確実な接着面を増やして強度と機密性を保つのだ。
このようなちょっとした配慮は、学校や学問ではなかなか身につかない(数式や数字で合わせない)。やはり色々な経験を積まないとついつい忘れてしまう配慮になる。
このような接着剤だけでなく、筆者の専門であるエンジンでも液体ガスケットなどの接着性などは、まだまだ今でも最新の研究課題だったりするくらい難しい。
次の条件は、与圧室は飛行機がどんな状態でも一定圧を保つことを考えてみよう。
飛行機がどんな状態でも与圧室内は、一定の圧力を保つこと
最後の課題が動力源(エンジン)がどんな状態でも正常に作動することだ。
つまり駐機中のエンジンアイドリング状態でも飛行機がフル加速中のエンジンフルパワー状態でも与圧室内は常に一定の気圧(0.6atm)に保たなければならない。
まあこれはエンジンから一部動力を拝借して発電機に繋げて電気をつくって、その電気で風車と弁を動かせば良いのでそんなに難しくはない。
ただ当時(1950年頃)の電装系にどれだけの信頼性や確実性があったかはかなり疑問だ。
さらに電池も鉛蓄電池くらいしか無いと思うので相当に重かったと考えられる。
結局、システムが重くなりそのその皺寄せが与圧室の肉厚に寄ってまた虐められるのである。
また完全に機械式で空気圧縮装置と弁を調整することもできなくはないが筆者が軽く考えてもかなり複雑になるので当時も恐らく非現実的だったと思う。
かなり複雑な変速機とクラッチを複数個使わないと機械式だけで制御するのは難しいと思われる。
一応、これでなんとか与圧室の目処がつくのである。
当時の実用化された与圧室(1945年頃)とコメットの凄さ
こんな難しい技術をアメリカだけが第2次世界大戦で量産していた。
そう、あの有名なB-29である。はっきりいってオーパーツレベルである。
嘘か本当か知らないけど、大戦中に稀にB-29が日本上空で撃墜されて落ちてきた乗員が半袖だったので日本人は勘違いして“アメリカは飛行機の乗員に飛行服を着せられないほど追い詰められている“と宣伝して頑張ろうとしたらしい。
当時のB-29は、巡行高度10000mで乗組員が居る区画は、全て与圧室+空気調和機で快適だったので乗員は半袖でよかっただけである。
また噂によると畿内に瓶コーラの自販機があったとかないとか。
一方で当時の我が国である日本でも与圧室の開発には取り組んでいた。
しかしそもそも高高度飛行をするためのエンジンの開発に手こずっていたので与圧室の優先順はさほど高くなく開発に力を入れられなかったのが実情である。
それでも陸軍は与圧室の開発をしていたが一人乗りの高高度迎撃戦闘機用(キ94Ⅱ)の与圧室なのでかなり小さい与圧室を開発していた。
かなり手こずったようだ。機密性を保つ技術がないので漏れるのを前提で過剰に圧縮空気を供給したり(無駄が多い)、機械の潤滑のための油が気密室に侵入したり、空気調和機がつくれなかったので酸素ボンベを積んだりとかなり大変だったようだ。
それでもなんとかメドを付けていざ実践というところで終戦になったようだ。
この与圧室を担当した若いエンジニアは、長谷川氏で車に詳しい人なら知っているかもしれないが戦後、トヨタで日本初の本格的なモノコックフレーム自動車パブリカを開発した偉大な人だったりする。
これでもオーパーツレベルなのだコメットは、Bー29の数年後に乗客50人クラスの巨大な与圧室をつくるなんてかなりヤバイ話だ。
B-29もすごいのだが乗務員は10名程度(確か11人だったかな?)で基本的に訓練された軍人が乗っている(志願、強制に関わらず)。
コメットは数名のプロ以外は、全てお客さんだ。訓練どころか説明すらまともに聞いているか怪しいレベルで考えないといけない。
このように軍人の安全性確保でもかなり難しいのに民間で利益を出すためにやるのは安全技術のレベルが数段、上がるのだ(輸送機器の場合は、特にそう)。
ちなみにロケットとかも無人と有人では、月とスッポンくらい技術レベルが異なる、はっきりいって別物。
ここまでで1952年にどんなカタチであれコメットがお客さんを乗せて商業飛行を始めたことがどれだけすぎことかわかっていただければ幸いである。
ようやく次回は、コメットが大空を営業飛行を開始した話を紹介する。
純国産ジェット旅客機 MRJの凄さと苦難
ちなみに執筆時点で某国産旅客機計画が頓挫している。試験飛行で終わった(試験飛行をできただけでも凄い)。
これは筆者の感覚では納得で、例えばエンジンとか翼のような注目度が高い部品が国産化できても飛行機はつくれないのである。
あるのか、ないのか気がつかないくらいの部品にノウハウの塊が必要でそのようなところでつまづくことが多いのだ(コメットの窓とか)。
このような部品は、計画時に見落としがちで実際にやったところで意外な部分が超難しかったりする、しかも後戻りできないような時期に壁に当たることが多い。
例えば窓、ドアや椅子などの気にも留めない部分や、もしかしたらボルトとかも特殊かもしれない。
アメリカやヨーロッパができるなのら工業力が高い日本でも少し頑張ればできると思ったら大間違いで今までやったことがないことは、簡単そうなモノやできそうなモノでも、それ相応に難しいのだ。
こんなことは、日常茶飯事でどんな企業や団体でも名誉や利益に目が眩み正しい技術の課題を見逃して無謀な目標や計画を実行してしまうのだ。
筆者は、何もこのような素晴らしいチャレンジを否定しているのではなくエンジニアであれば冷静な目を持って本当に難しい技術課題を見つけて知らせることも重要な役割の一つなのだ。
だから挑戦するのであればつまづくことを前提に計画を立てて諦めないで継続することが技術では、大切なのである(難しいけれども)。
ここでオススメしたいのがアマゾン キンドル アンリミテッドだ。アンリミテッドだと数多の本が月会費だけで読める(漫画〜専門書まで幅が広い)。
今回の記事で紹介したコメットの話が紹介されている名著、失敗100選などの本が安く読める。
しかも流石、本屋が原点であるAmazonだけあって機械工学の専門書がそこそこ揃っていてかなり使えるサービスだ。
特に機械工学の専門書は高額になることが多いので少しだけ読みたい分野の本を眺めるのに非常に役に立つので是非、オススメしたい。
折角なのでさらに機械設計で必須の本があるので紹介しよう。
はっきり言って中身は不親切極まりないのだがちょっと忘れた時に辞書みたいに使える。このブログを見てくれれば内容が理解できるようになって使いこなせるはずだ。
またよく使う規格が載っているので重宝する。JISで定められて機械材料の特性が載っている。
多くの人が持っていると思うが持っていない人はちょっとお高いが是非、手に入れて欲しい。但し新品は高いので中古で購入を考えている方は表面荒さの項目が新JIS対応になっているのを確認することを強くオススメする。
また本ブログをキッカケとしてエンジニアとしてステップアップして大きな仕事を掴む手段の一つとして転職するのも一つの手だ。
やはり予算の大きい機械設計、規模が大きい機械設計、大きな仕事をする場合は日本においては大手に入って仕事をする方がチャンスの機会が多いと思う。
私も最終的に転職はしていないが自分の将来を模索していた時期に転職活動をしていくつか内定を頂いたことがある。
折角なのでその経験(機械設計者の転職活動)を共有できるように記事に起こしたので参考にして頂ければ幸いだ。
コメント
コメント一覧 (2件)
初めまして。
与圧について間違いではないのですが、気になる部分があり、ご連絡致しました。
与圧ですが、基本的には地上では圧は掛からない(大気圧と同じ)とする規定があります。
日本では航空局の耐空性審査要領、米国ではFARで定められています。
理由としては、機内の圧が高い状態ですとドアが開かず脱出できない為です。
与圧が掛からない様にする機構は大きく分けて2通りあり、地上にいるという状態を検知し①バルブを開いて圧を抜く②圧となる空気を流入させない、になります。
旅客機ですと快適性が必要となり、どうしてもエアコン(エンジン抽気)が必要になりますので、2つを組み合わせた方式が主流です。
脱線ですが抽気が曲者で、特に離陸の際はエンジン出力が必要な場面で、その出力を下げてしまう事になります。(エンジン屋さんに言うことではありませんが)
その為、抽気のレベルを制限したり、抽気している場合の性能を出したりしています。
本題ですが、与圧の掛け方も人体への影響が大きく、上昇中は機内高度が500ft/min、降下は300ft/minで、機内高度は2000〜8000ft(飛行高度で変わります)が一般的なスケジュールになります。機体強度として上昇はそれほど問題にならない(与圧が足りなければ入れる空気量を増やせば良い)のですが、降下時は降下速度が速いと与圧を抜く量が間に合わず大気圧に比べ負圧になってしまう可能性があります。早く抜くと耳が痛くなったり、最悪減圧症になります。もちろん警告が出て気付きます。
構造的には、引っ張りから圧縮ですね。
与圧関係の事故は、日航機の圧力隔壁の修理方法の設計が適切ではなかったのがあります。
戦闘機ですと機内与圧を0.5程度にし、被弾しても人体及び構造への負荷を少なくしたりしています。
長々と取り留めなく、失礼致しました。
たねき様
コメントありがとうございます。(かなり遅くなり申し訳ありません)
勉強になります。
記事内では与圧の概念を知って欲しかったのでかなり大雑把に説明してしまいましたが現代のテクノロジーであれば機体内外の各所にセンサーを設置しかなりきめ細やかな制御していると思います。
また与圧を含むエアコン系統はおっしゃる通り自動車でもかなり負荷が高くかなりの曲者だと感じました。
最後にもしよければ日航機の圧力隔壁の修理方法の設計が適切でなかった件に関して具体的に事象を教えて頂ければ幸いです。