執筆時点で材料力学の説明をしてきて基本的なことは、だいたい終わった。
材料力学の重要性は今までの説明でもしつこくらいに述べてきたつもりだ。
機械設計に必ず必要な材料力学の基本が終えたところで非常に大切な技術者倫理について過去の大きな失敗から紹介したいと思う。
機械設計講座の最初にこの技術者倫理を紹介しなかった理由は材料力学の知識を身につけてから考えることで具体的に過去の失敗のヤバさ、対策の考え方が身に染みて理解できるようになるからだ。
世界3大失敗+日本での大事故と技術者倫理の基本
機械で有名な世界3大失敗と言われているコメット墜落事故、リバティ船沈没事故、タコマ橋の崩壊を説明していく。
連続で墜落した世界初のジェット旅客機コメット

連続で沈没したリバティ船

崩壊したタコマ橋

さらにより日本人にとって身近な某自動車会社のリコール隠し事件を紹介したいと思う(会社を隠す必要があるのかわからないけど一応ね)。
いずれの事件でも人が亡くなっている(幸いタコマ橋だけ人命が失われていない)。そう、機械設計では検討を間違えると(特に材料力学の検討)本当に人が死ぬのだ。
筆者の考えはおそらく多くの方に同意いただけると思うが“何人たりとも他人の生命および財産を傷つけたり、奪ったり、脅かしてはいけない“と思っている。
また道具は基本的に人の役に立ち、少しでも人々の幸福に貢献するものであって人に危害を加えてはいけないと思っている。
しかしながら悪意がなく、よかれと思ってやったことでも人に危害を加える場合がある。最悪、返すことができる財産ならまだしも生命は戻ってこない。
その生命を奪うことに繋がる可能性がある重大な検討事項の一つが材料力学の検討不足だ。
今回、紹介する事件は”最新技術で安全です”と言われてお金を払ってお客さんとして使っている人が多数、命を落とす悲惨な事故に繋がっている。
まずは3件の事故でも最も酷いと思われるコメット墜落事故から紹介していく。
理解を深めるために時代、技術背景から説明していく(筆者の趣味が8割)。
まずは四発ジェット旅客機コメットが1952年に営業飛行したことの技術的凄さを説明していこう。

コメットは、翼内ジェットエンジンで筆者がすごく好きな飛行機の一つだ。
1940年頃の世界の飛行機用エンジンの性能
筆者は元エンジン設計に加え飛行機、ミリタリーが好きなのでちょっとくどいかもしれないがお付き合い願いたい。
これだけでも本が3冊くらい書ける内容なのだがなるべく軽く書く。
当時の航空機用エンジンの主流と課題
まず当時の航空機用エンジンは、現代の多くの自動車と同じガソリンーレシプローエンジンだった(ディーゼルエンジンもある)。
レシプロエンジンというのは往復運動を回転運動に変換する機構のことでいわゆるピストンークランク機構を使ったエンジンのことだ。

この往復する部分に筒と蓋をつけて閉じた空間の中で燃料と空気を入れて燃やす。
燃えた空気が膨張する力(圧力)を利用して部品(ピストン)を動かす(下降する)。
燃えた後は慣性力で部品がピストンークランク機構によって動かされる(上昇する)。
その繰り返しで連続した回転エネルギーを取り出すのだ。
決まったタイミングで空気や燃料を供給したり排気する必要があるので燃料を供給する装置(キャブレター、機械式インジェクションなど)がありエンジンの蓋には吸気管、排気管とそれぞれ弁(バルブ)がついている。
さらに燃料と空気が混ざった機体を燃焼させるために点火装置(プラグ)がついている。プラグは、ライターのお化けみたいなもんだ。

上の装置を頭に入れながら各工程を見て行こう。

続き

図のように吸気ー燃焼ー膨張ー排気(本当は吸気ー圧縮ー燃焼と膨張ー排気)の4工程を繰り返すので4サイクルエンジンと呼ぶ。
他にも2サイクル、ディーゼルなどあるが主流はこのガソリンー4サイクルーレシプローエンジンである。
ただし現代の乗用車のエンジンよりも当時の航空機用エンジンは遥かに巨大で高出力(ハイパワー)のエンジンだ(その代わり燃費はかなり悪い)。
レシプロエンジンの大きさや出力(パワー)はかなり大雑把に言うと排気量というエンジンが取り入れることができる空気の量(体積)に比例する。
現代の平均的な乗用車は排気量がおおよそ1000〜2000ccくらいだが当時の飛行機用エンジンは15000〜35000ccくらいでおおよそ10〜16倍くらい大きい。
当時のエンジンは大きくてかなり複雑なエンジンになる。
ここで重要なことはエンジンの大小で技術難易度は決まらなくて大きくても小さくても複雑なエンジンは開発も製造もそれぞれ難しい。
1940年の当時でもまともに飛行機用レシプロエンジンを生産できたのは日米独英くらいのもんだ(今はもっと少ないかも)。
21世紀の現代でも競争力がある乗用車用エンジンを開発、量産できる国はかなり限られている(経済発展が著しい中国でもまだ難しい)。
そんな巨大なレシプロエンジンは当時(1938~1940年くらい)で既に飛行機にとっては性能の限界を迎えていた。
1930年代の航空機用レシプロエンジンの限界
上のレシプロエンジンの図を見ればわかると思うのだがレシプロエンジンでは、燃料を供給する量はある程度コントロールできるのだが空気の量は、基本的にピストンが下がる負圧で供給されている。
そこで問題になってくるのが地球の大気圏では高度が上がるほど空気が薄くなり燃焼に必要な空気の供給量が減りエンジンのパワーがメチャクチャ下がる。

だから単純にエンジンは8000mくらいになると出力が地上と比較して60%以上ダウンする。
だから大戦機のレシプロエンジンのスペック表記は離昇出力(高度0m)や高度ごとに出力が記載されている。基本的にレシプロエンジンのパワーは、吸入空気量に比例すると思ってもらっても構わない(本当は、空気と燃料の量)。
つまりレシプロエンジンの性能が飛行機の飛べる高さに大きく依存する。
戦争時の飛行機は、当たり前だが戦うのが基本で速度、機動、武装性能に加え高度性能がとても重要になる。
・高度が敵より高く取れれば敵は来れないので安全に優位なポジションを取れる。
・高度を高く保てれば高度を下げて戦うときに位置エネルギーを利用してより速いスピードが出せるのでこれもまた有利である(ボイドのエネルギー機動戦理論など)。
・高度が高く飛べると空気が薄くなるので当たり前だが空気抵抗が減って少ない力で速度が出せるようになるし抵抗が少ないので燃費も良くなり行動半径が増えるのである。
単純に、高い高度が取れることの意味は敵が届かない場所から一方的に攻撃できるのだ。
とにかく敵より高く飛べるだけでかなり有利になるのである。
一方で先ほど述べたようにレシプロエンジンは高度が上がるほど空気が薄くなり性能が下がる。ただのレシプロエンジンだとおおよそ高度5000mくらいがやっと到達できるくらいの高度だった。
ここで当時の技術者たちは知恵を絞って考えてたどり着いた考えが”強制的に空気を取り込む機構を取付よう”だった。
機械式過給機の登場、普及と進化(1940年あたり)
強制的に空気を取り込む機構で第2次世界大戦の初期で主流だったのが機械式過給機(スーパーチャージャー)だった。
誤解を恐れずに簡単に説明するとエンジンの回転する力を一部、拝借して風車みたいなのを廻して空気を圧縮してエンジンに供給するのだ。
ちなみに風車はインペラーと呼ぶ。

これでかなり高度を上げられるようになったが戦争は超過酷な性能競争なので、この機械式過給機も恐ろしいスピードで進化した。
始めはエンジンに過給機駆動用のシャフトを付けてエンジンと同じくらいの回転数で風車を廻してただけだった。
すぐに技術者たちは風車をもっと速く廻してより多くの空気をエンジンに取り込むことにした。
その仕組みは風車のシャフトに変速機(ギヤボックス)を付けて2段階、3段階(2速、3速と数える)の増速をしてよりたくさんの空気を供給できるような機械式過給機がすぐに登場した。
さらに機械式過給機自体を2個(何故か1段、2段と数える)付けたりしてひたすら空気を取り込む努力をした。

図を見ればわかると思うがかなり複雑で難しい装置になる。当然、装置が増えるので飛行機が大きく重くなるので技術者たちはそうとう困ったはずだ。
ただしこの機械式過給機もすぐに限界を迎える。
その1番のネックは、当時は基本的に歯車でギヤ比を変えて風車を増速していた。当時の航空機エンジンの使用回転数はおおよそ1500rpm前後(1分間に1500回転)で同等程度の回転数の駆動力の伝達なら難しくないがそれが2倍、3倍、4倍…….10倍になると歯車や風車の軸受などが焼き付いてとてもじゃないが耐えられない。
21世紀の今でも筆者が経験した歯車や軸受の最高回転数は量産で20000rpmを超えるくらいだ。おそらく当時の技術や軍用であることを考えると5000rpmくらいが限界だと思う。
とにかく歯車や軸受の潤滑はとても複雑で難しいのだ。
流体継手の利用(フルカン継手)
そのなかでやはり機械天才国のドイツは”大変だったら歯車を使わなきゃいいじゃん”とばかりに過給機の駆動力伝達に流体を使ったフルカン継手を使って一歩リードしていた。
フルカンはフルードカップリングの略語のように見えるが実はフルカン造船所で開発されたのでフルカン継手と呼ぶのだ(いろんな説がある)。
フルカン造船所は1805年に設立された長い伝統がある造船所で1980年代に最盛期を迎えたが1990年代に経営をしくじって潰れてしまい非常に残念である。
仕組みは簡単で扇風機を2台向かい合わせて置いて片方だけ扇風機を廻すともう片方も廻る、流体によって駆動力が伝わるのだ。

扇風機を消して風の向きに着目すると以下の図のようになる。

他の例だと風車に息を吹きかけると風車は回る、息の代わりに別の風車で風を発生させるとわかりやすいだろうか。
羽の形状に着目するとメカニズムは下の図のようになる。

実際にはもう少し複雑な翼の形状、伝達効率を上げるために空気ではなく油を使うのだ。
下に実際に使われている仕組みに近いレイアウトを参考に書いておいた。注意点としては入力、出力の羽の場所が上の説明と反対になっていること、入力はケースごと回ること。

ここまでで駆動力が流体を使って伝達する仕組みがわかったはずだ。
ただ実際に機械式過給機を効率よく使うためには増速する必要がある。
基本的な増速の仕組みとしては駆動側の羽の枚数に対して被駆動側の羽の枚数を増やすのだ(翼形状も工夫する)。ありえないが伝達効率を100%とすると駆動側10枚、被駆動側20枚で2倍になる(実際は流体損失を考えて1.3~1.5倍くらいかな)。

ドイツはこの仕組みを使って歯車の限界を超えて機械式過給機を使っていたのだ(レシオは2くらいでエンジン回転数の2倍)。

この仕組みにはまだまだメリットがあって作動流体である油の量を変化させることで伝達効率を変えられるのだ。伝達効率の変化をうまく使って増速の比を変化させられる。
歯車では段階的にしか増速比は変えられないがフルカンだと油の量によって調整できるのでその時々の高度で最適な回転数で機械式過給機を動かせるので非常に優秀な機構だったのだ(理論上は無段階)。
実際には無段階ではなくいくつかの段階を決めて使っていたが機械式のような2速とかよりは多い数だ(諸説ありでよくわからない)。
これを試作で1、2個だけつくるのなら理解できるが流石のドイツ人で戦時中に量産していたことに驚愕する。実際にこのフルカン継手を搭載した機種は短い間とはいえ圧倒的な戦闘力を持っていた(他の要素もたくさんある)。
実際にフルカン継手を搭載していたエンジンはダイムラーベンツ(現:メルセデスベンツ)のDB601で代表機種はメッサーシュミットのBf109だ。

エンジンの右端に付いているグルグルが機械式過給機でその奥にフルカン継手が入っている(残念ながらいい写真がない)。

Bf109はバトル オブ ブリテンまでは非常に強力な機体だった。
しかしながらこれで機械式過給機の問題が解決したかというとそうでもない。フルカン継手でも増速比に限界があるのだ(頑張っても2倍くらい)。
スペースが無限大だったらフルカン継手を何段(4段、6段など)もおいて増速できるが戦時中の飛行機はコンパクトさが命なのでそんなことはできない。
そこで当時の天才達は考える。そこで見つけ出した新たな方法はそれまで捨てていた排気ガスを利用して風車を廻すことにした。
排気ガスを利用した過給機の登場(1942年あたり)
これがいわゆるご存知の方も多いと思われるターボチャージャー、排気ガス式過給機である。
これは変速機とかフルカン継手などの複雑でめんどくさい機械を付けなくても排気ガスが通る管に駆動用の風車を付けてその同軸に空気圧縮のための風車をつければ出来てしまう。機構としては非常にシンプルである

機構のポイントは機械式過給機と違って風車を回すためのエンジンからの軸、ギヤが必要ない。フルカンとは比較するまでもなくシンプル、コンパクトなことがわかると思う。
この排気ガスは凄いエネルギーを持っていてエンジンからの距離にもよるがエンジンに近いところだと数MPa(10気圧以上)で900℃くらいあるので風車はかなり高回転で廻る、WW2当時でも10000rpmを越えてくる(機械式の倍くらい)。
しかも機械式過給機はエンジンの出力を一部拝借して動いていたが、排気ガス式過給機はただ捨てていた排気ガスのエネルギーを利用しているので機械効率が全く異なる。
これはもう凄いものでガンガン空気を圧縮してエンジンの出力が増大して高度を上げられた。ちなみにこの排気ガス式過給機の装置をターボチャージャーと呼ぶ(単純にタービンと呼ぶこともある)。
シンプルで高効率で全く欠点が見られない排気ガス式過給機だが実現には非常に難しいたくさんの技術課題があった。
簡単に代表的な課題を挙げてみよう。
・高音の排気ガスに耐えられる耐熱材料(インコネル材など)の開発、製造がメチャクチャ難しいの
・耐熱材料をつくるためにするために大量のレアメタル(主にニッケル)が大量に必要。
・数万rpmに耐えられる軸受の開発、製造。つまり高度な材料と高い工作精度が必要になる。
構造や仕組みは簡単なのだが高度な材料の技術と資源が必要で技術が高くて資源のあるリッチな国にしか実現できないのである。
当時、この技術課題を乗り越えて軍用で量産できたのはほぼアメリカだけである。
ただこの完全無欠化と思われた排気ガス式過給機もすぐに限界がくる。
次の限界は空気を圧縮しすぎて吸気温度が高くなってしまいエンジンが異常燃焼を起こして壊れてしまうのだ。
さらに空気は温度が上がると膨張するのである程度まで圧縮するとそれ以上に密度が上がらないのでエンジンが吸い込める空気の量がある一定の量からは増えないのだ(いくら加給しても変わらない)
この解決のために天才たちは考えて対策をするのだ。
その対策と超大切なプロペラの発展の話を次回にする。

付録、フルカン継手のその後
WW2において飛行機エンジンのフルカン継手は機械式過給機の駆動に使われていたが排気ガス式過給機に敗れて姿を消したが産業界ではどんどん発展して普及していった。
フルカン継手の発展型は現在、ほとんどの人が使っている。自動車のATの駆動伝達機構がフルカンの発展型、トルクコンバーターだ。
よく勘違いされるがフルカンとトルコンは発展形というものの別物ので決定的な違いはトルク増幅機能が追加されているのがトルコンだ。
トルコンの解説は本稿では本流の話ではないし良い解説動画がたくさんあるので是非、調べて見て欲しい。
飛行機の世界で敗れたフルカン継手が時を得て自動車の世界ではAT車のほとんどにトルコンは付いているので覇者となったのが興味深い。
日本だとAT率99%でトルコンを使っているATがおそらく90%くらいだと思うのでトルコンを使ったことがない人はほとんどいない、自分で運転しなくてもAT車に乗ったことがある人を考えたら日本人の99.9%はお世話になっていることになる。
折角なのでさらに機械設計で必須の本があるので紹介しよう。
はっきり言って中身は不親切極まりないのだがちょっと忘れた時に辞書みたいに使える。このブログを見てくれれば内容が理解できるようになって使いこなせるはずだ。
またよく使う規格が載っているので重宝する。JISで定められて機械材料の特性が載っている。
多くの人が持っていると思うが持っていない人はちょっとお高いが是非、手に入れて欲しい。但し新品は高いので中古で購入を考えている方は表面荒さの項目が新JIS対応になっているのを確認することを強くオススメする。
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