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コメット墜落事故から学ぶ技術史と教訓

コメット墜落事故から学ぶ技術史と教訓2 WWⅡの航空機用レシプロエンジンとプロペラの進化(圧縮性流体、非圧縮性流体)

さて前回は、技術者倫理とWWⅡのレシプロエンジンの発展を説明した。

コメット墜落事故から学ぶ技術史と教訓1 技術者倫理と1940年代の航空機用レシプロエンジンの進化(機械式過給機、スーパーチャージャー)

今回は、前回からの続きWWⅡ終戦時までのレシプロエンジンの技術を紹介していこう。

高高度化へのさらなるレシプロエンジンの工夫

前回の説明で排気ガス式過給機は、機械式過給機に比べ多くの空気を取り込めることができることを説明した。

しかしながら空気を圧縮すればするほど空気の温度は高くなり膨張するので密度が下がりある一定上で圧縮すると空気取り込み量に限界が来る。

さらに熱い空気は、レシプロエンジンに対し異常燃焼という害をもたらすのだ(最悪の場合、エンジンが壊れる)。

そこで当時の大天才たちは、考えた。

じゃあ排気ガス式過給機で高温に圧縮された空気を冷やせばもっと圧縮できると考えた。

圧縮空気冷却装置と水メタノール噴射装置

その対応としては、エンジンに圧縮した空気を入れる前に冷却機(インタークーラー)で冷やしてから入れるのだ。

飛行機が飛ぶような高度(8000mくらい)の大気の温度は、かなり低い(−20℃とか)のでこの冷却機は、大気にさらすだけでかなり効果があった。

別の手口としては戦闘時にエンジンの燃焼室内に直接、水やメタノールを噴射して蒸発(気化潜熱)させて冷却して一時的に過給量を増大させエンジンの出力を上げた。(水ーメタノール噴射装置)。

もちろんインタークーラーに水をかけたりもして冷却する装置もあった。

筆者の元愛車のスバル インプレッサ STi SPEC C(2003年モデル)にも付いていた。最近でも生きている技術なのである(ちょっと古いか)。

確か2021年のスバル STiの最終モデルにも装着されている。

これは仕組みは、単純で燃料供給装置と似たような装置を付けて水ーメタノールをエンジンの燃焼室内部に直接、噴射して圧縮空気を冷却するのだ。

何気に、この水、メタノールを噴射するタイミングが難しくて燃料と混ざると燃えにくくなって本末転倒なので燃料が入ってくる前に水、メタノールを噴射して蒸発させておく必要があるのだ。

勿論、持っていける水メタノール量には限界があるので緊急上昇や戦闘時のレシプロエンジンの高出力が要求される時にだけしか使用できない。

イメージとしては映画の某ワイルド・スピードのNOS(ナイトラス オキサイド システム)にかなり近い仕組みになる。

それでも小手先の対応ですぐに限界を迎える。

しかし2021年執筆時点の最近で欧州メーカーがエンジンに水、メタノール噴射を搭載して凄いと言っている評論家の脳みそは、かなりヤバイ。

これは80年前の技術で実は、当時の日本が一番進んでいた技術だったりする(中島飛行機 気化器グループ、後に一部が現在のケーヒン)。

古いバイク乗りなら知っているかもしれないがFCRキャブなどの加速ポンプはこの技術の発展系だったりする。

ここまでがWWⅡの航空機用エンジンの最先端になる。

一方で高高度、高速化を阻む問題にプロペラの仕組みの問題が存在した。

少しプロペラの仕組みと技術を紹介しよう。

プロペラの技術進化

案外、あまり重要視されないが実は、当時ではプロペラは、エンジンと並ぶくらい重要な部品だった。

プロペラの性能が飛行機の性能を決めるといっても過言では無いくらい重要だったのだ。

プロペラは飛行機黎明期は、単純にエンジンにくっついて廻っているだけの存在だった。

航空機黎明期のプロペラ

初めは、材質は木製でプロペラの羽の枚数は、2枚が主流だった。

それが飛行機がより高速化していくとプロペラの枚数は3枚、4枚と増加していった。

材質も木製から真鍮製(銅の合金)へなり、やがてアルミ合金となっていった。

また流体力学の知見が蓄積され飛行機の速度毎に適切なプロペラの回転数がわかり始めた。

つまり飛行速度によってレシプロエンジンの効率の良い回転数とプロペラの適切な回転数が大きく異なることが分かったのだ。

そこで当時の大天才たちは、考えた。

定速(恒速)プロペラの発明

そこで開発されたのが飛行機のレシプロエンジンに変速機を取り付けて飛行速度毎にプロペラ回転数を調整する機構が開発され定速(恒速)プロペラと呼ばれる。

この定速(恒速)プロペラで飛行機の速度性能が格段に上がったが欠点もあった。

それは、プロペラの回転数の変速数を増やせば増やすほど減速機が大きく複雑になってしまうのだ。

飛行機はなるだけ小さく、コンパクトにする必要があるのだが高速化するほどこの減速機は大きくなるという問題を抱えていた。

そこで当時の天才たちは、よりプロペラを効率良く調整するために回転数だけでは、なくて別の部位を調整することに気づくのだ。

可変ピッチプロペラの発明

それが、プロペラピッチ角と呼ばれる角度を速度毎に調整することを考えだした。

そこで開発されたのが可変ピッチプロペラと呼ばれる機構である。

これは、絵を見て貰えばわかると思うが一対のギヤの回転する角度を調整すれば基本的には無段階でプロペラピッチ角を任意に調整できるのだ(実際は、こんな単純ではないが)。

そう、定速プロペラだけと違って一対のギヤだけで無段階調整が可能になり一気に高性能、コンパクト化が達成できた。

このプロペラピッチを変えるのに大きく分けて電動式や油圧式が存在する。大雑把にいうとアメリカの油圧式(ハミルトンスタンダード社)とドイツの電動式の2つが主流だった。

当時、日本は自力で開発することができずにアメリカのハミルトンスタンダード社のプロペラをお金を払って日本でつくっていた(ヤマハ発動機)。

この機構の実現で定速(恒速)プロペラは、一気に過去のモノのになりレシプロエンジンから減速機(ギヤ)で一度、回転数を変えた先に可変ピッチプロペラを採用するのが主流になった。

このプロペラピッチを変えることにより飛行機の加速性能、巡航速度、最高速度やレシプロエンジンの燃費は、飛躍的に上昇した。

これがWWⅡの初期のプロペラの主流である。

WWⅡの究極のプロペラ

戦争とは、恐ろしいものでWWⅡの期間にさらにプロペラは進化していく。

当時のプロペラの大きな問題点は、プロペラという重量物が高速で回転しているのでその反力として機体にプロペラと廻る方向とは、逆の大きな力が働くのだ(カウンタートルク)。

だから当時の飛行機は、まっすぐ飛ぶ時は操縦桿を真ん中に設定するのではなくプロペラが廻る方向と逆の向きに操縦桿を傾け続ける必要があったのだ。

これは、単純に巡航飛行している時には、大きな問題にならないが咄嗟の機動変更や空戦時の高機動状態ではとても煩わしいものになるのだ。

さらに巡航事項でも操縦桿を傾けているということは、飛行機の翼は進行方向に角度が付いてしまうので飛行の抵抗になる。

これを解決するのに2重反転プロペラという機構を考えた。

この仕組みであればプロペラ同士がお互いの反力を打ち消し合うので機体に余計な力が掛からず非常に操縦製が良くなり飛行時の空気抵抗も減るのだ。

ただしこれにも欠点があって仕組み自体が大変、複雑で大きいので結構、重いのだ。

さらに可変ピッチプロペラを組み込むのでさらに複雑で大きい。

この2重反転プロペラは、製造するのがとても難しくてWWⅡの間に採用され量産された国は、イギリス、アメリカくらいしかできなかった。

またプロペラの構造も大きく進化した。

WWⅡ開戦当初は、アルミの一体でできていたがより丈夫に軽量にするために鋼(鉄の合金)で中空構造のプロペラが開発された。

これでより軽くて頑丈になったのでガンガンと高速でプロペラを廻せるようになったのだ。

このレベルがWWⅡのプロペラ技術の頂点である。

プロペラの仕組み上の性能限界

これまで説明してきたようにWWⅡの間にプロペラも恐竜みたいにとんでもない進化をして性能が上がってきた。

プロペラの性能が上がってきたのでより高速でプロペラを回転させると今までには、発生しなかった大問題が発生したのである。

そう、音速の壁である。

技術の発展で飛行機の高高度、高速化のためプロペラがより大きくなり回転数が増加したことによってプロペラの先端の空気の速度が音速を突破してしまったのである。

空気の音速での挙動(圧縮性流体)

ここで少しだけ空気が音速を突破するとどうなるかを紹介する。

詳細は、機械設計講座の流体力学で説明する。

まず基本的に空気は、常に密度が一定であることを全体に理論が構築されていた。

まあ、実際には少しだけ密度が変化するが理論に大きな影響を与えない範囲だった。

密度が一定であるということは、基本的に空気の流れは物体の形状に沿って流れるのだ。

それが音速を超える空気は、密度が場所によって変化し挙動が全く変わってくるのだ。

誤解を恐れずに述べると速度によって一部の空気は圧縮され高密度になりそれ以外の空気と大きな密度差が発生する。

その密度差によって物体の形状に沿って流れていた空気の挙動が大きく変化するのだ。

そのせいで音速を超えた領域では空気は、物体の形状に沿って流れないのだ。

この現象を表す有名なものだとソニックブームと呼ばれる現象が有って、それは空気の密度差によって発生する衝撃波なのだ。

ちなみに音速を表すのにマッハ(M)という言葉があるが実は、無次元量で、速度を示す値では無いのだ。

では、何かというと物体に流れる流体の速度と音速の比をマッハ(M)で表している。

なんでこんな面倒なことをするのかというと流体の音速は、流体の種類や状態で変わってしまうので基準として扱えないからである。

例えば一般的な空気は15℃、大気圧(1atm)で音速は、約340m/sで時速だと1240km/hくらいになる。

これが高度11000mだと音速は、時速1062km/hくらいに下がる。

また水だと音速は20℃、大気圧(1atm)で秒速1480m/sになるのだ。

生活の感覚として水中だと音が速く伝わるのは、このためだ。

このように流体は種類や状態によって音速の速度が変わってしまうので一様に表現できないので比であるマッハ(M)を使うのだ。

イメージとしては速度と考えるより流体の圧縮度合いを示す言葉だと考えると良い。

このマッハ(M)を使って流れの状態を表す。

最初に説明した流体の密度が常に一定の状態は、マッハ(M)だとM<0.3の範囲で成立し非圧縮性流体と呼ばれる。

流体の密度変化の影響が大きくなる状態(ソニックブームが起きる)は、およそ0.7<M<1.2の範囲で圧縮性流体と呼ばれる。

プロペラの話題に戻るとプロペラは非圧縮性流体の理論で推力を得ているため圧縮性流体の領域に入ると推力を得られないのだ。

この音速の領域に入るとプロペラ周りの空気の流れが変わって今まで得られていた推力が得られなくなってしまうのだ。

高性能化を達成したプロペラは、気付かぬうちに未知の領域である音速の世界に入ってしまったのである。

おそらく人類が音速の問題に直面したのは、これが初めてではないかと思う。

後からわかることなのだが、プロペラで推力を得ている飛行機の最高速度はエンジンの出力ではなくては、プロペラの物理的な特性でおおよそ亜音速(900km/hくらい)以下になる。

つまりどんなにレシプロエンジンやプロペラを高性能にしてもプロペラを使っていると最高速度が決まってしまうのだ。

これは、絶対に覆らない事実なのである。

ここまでがWWⅡの終了時の最新の技術だったのである。

現代のプロペラ

WWⅡの頃にプロペラの速度限界に到達したのでプロペラはこの世からなくなったかというとそうではない。

現代でも次のメリットから現役である。

プロペラのメリット

・プロペラを利用すると比較的に安くて安全な既存のレシプロエンジンが使える。

・ある一定以下の速度(900km/h程度)では、飛行の効率が良いので燃費が良い。

・製造がが比較的に簡単である。

などなどたくさん

以上のことから軍用機では、まだまだ現役である。

現在の究極のプロペラは可変ピッチの2重反転プロペラで8枚×2で16枚羽根である。さらにプロペラの各位置の流速を一定に保つためにプロペラの形が湾曲している。

こんなんでプロペラも進化を続けて採用されているのだ。

身近な嫌な例だとちょっと古いがソ連(現:ロシア)のTu-95という爆撃機が四発エンジンに2重反転プロペラを採用してなんと最高速950km/hというプロペラの限界速度を実現している。

なぜ、これが身近なのかというと冷戦時代にこのTu-95が日本の北海道にかなり頻繁に領空侵犯していたのである(今でもか)。

ひどい時は、ほぼ毎日のように来ていた。

かなり嫌な身近な存在なのである。

当時の各国の航空機用レシプロエンジン比較(1940~1945年)

日本

ちなみに当時の日本の技術は凄かったが機械式過給機1段2速の誉エンジンが限界だった(量産できたかは、かなり微妙なとこ)。実用高度は8000mあたりが限界な感じで最高速度が644km/hくらい。プロペラは、油圧式の可変ピッチプロペラで4枚羽だった(中空構造かどうかは、わからなかった)。採用機種の代表は、陸軍が四式戦疾風、海軍が紫電改。

アメリカ

アメリカは超有名なBー29のライトサイクロン R3350エンジンで排気ガス式過給機2速2段のインタークーラー付きでトッピング全部載せみたいなバケモン。でも結構、故障が多くて気難しいエンジンでアメリカの物量作戦だからなんとか成功扱い。プロペラは油圧式の可変ピッチプロペラで4枚羽の中空構造だった。日本と変わらないように見えるが羽根の大きさが桁違いだ。実用高度は12000mあたりが限界で最高速度が587km/hくらい

ドイツ

ドイツは、ユモ213Aで機械式過給機2段3速で流石である(筆者はDB601系列が超好きだったりする)。実用高度は日本と同じく8000mあたりが限界だが最高速度は流石の732km/hくらい。プロペラは、電動式の可変ピッチプロペラで3枚羽だった、おそらく中空構造だろう。採用機種はFW190シリーズ

イギリス

イギリスは、有名なマリーンを改良したグリフォンエンジンで機械式過給機2段3速でこれもバケモノクラス。プロペラは、究極の油圧式の2重反転プロペラで3枚×2の計6枚羽根でおそらく中空構造だった。実用高度は10000mあたりが限界で最高速度が720km/hくらい。採用機種はスピットファイヤーMK18(MK24まである)。

それぞれ比較すると大体、次の図の感じになる。

各国の飛行機性能比較

これだけを見るとBー29が遅いように見えるがアメリカだけ爆撃機を載せているからである。アメリカの最高傑作レシプロ戦闘機であるPー51Dマスタングは、化け物で最高速度は、784km/hで他を圧倒している。

さらにイギリスは戦後だがレシプロの究極形ネイピア社セイバーエンジンで機械式過給機2速1段なのだがスリーブバルブエンジンというちょっと複雑な機構を採用したエンジンだった。このエンジンは、戦後だがフルブーストで5500馬力出たそうな。

ちなみに超絶好調の誉がおよそ1800馬力、アメリカのサイクロンが通常およそ2400馬力、イギリスのグリフォンがおよそ通常2000馬力だから5500馬力は半端じゃない(全部高度0m、気圧1atm、どれもフルブーストでの最高出力)。

つさらに大雑把に言ってしまえば馬力が大きい方が加速性能が高くスピードが出るので最高高度に到達する時間や最高速に達すまでの時間、最高速度が日本の1800馬力では不利になる(機体にも大きく依存するが)。

これでは、流石に日本でもかなり厳しい状況だ。誉もトラブル続きだったり品質問題でおよそ1500馬力も出てれば上等だったらしい。

さらに、日本は可変ピッチプロペラの開発に失敗して戦前のアメリカのスタンダード社のハミルトン式油圧可変ピッチプロペラをライセンス生産していて戦中もずっとそれしか造れなかったのもかなり痛い。

プロペラを含めたエンジン付属機器の概要だけでもこれだけの差があったのだ。

もうエンジン自体の性能や量産能力、材料の技術力、資源などの基本的な工業力は、越えられない壁があるくらい差があった。

それでもまともにレシプロエンジン、飛行機が量産できたのは、日米独英くらいなので日本は、十分に凄い立派な国だった。

大変、尊敬できる日本人エンジニアがたくさん存在し素晴らしいことだと思う。

このようなレシプロエンジンの技術の理論やちょっとした試作品は、1930年代には既にあったが戦争で一気に全部が実現し量産された凄まじい時代だったのである。

WWⅡの直前のレシプロエンジンが1000馬力クラスだったのが、たった5年後の終戦時には2500馬力を軽く捻り出していた。

技術は学問と違って理論が解明したとか実験に成功したくらいでは、価値が無く量産されてユーザーの手に渡って役に立って始めて価値が出る世界なのだ。

次回でやっとジェットエンジンが誕生する(ドイツが一足速く実現していた)。

コメット墜落事故から学ぶ技術史と教訓3 ジェットエンジンの誕生(遠心式圧縮機、軸流式圧縮機)

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輸送機器メーカーでの元エンジン設計者。15年の職務経験から機械設計知識を伝道します。また職歴を活かしてエアソフトガンをエンジニアリング視点で考えてみる。

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