前回の続きであるがおさらいで、量産においては管理された工程であれば、部品の寸法のバラツキは正規分布に従い部品の寸法は平均μと分散$ s^2 $、もしくは分散の平方根である標準偏差σがわかればどのくらいの範囲の寸法で製品が製作されるか解るとこまで行った。
では実際に図面の寸法、公差と製作現場での平均、標準偏差はどのような関係性があるのか説明していこう。
実際の製作現場での平均と分散
まずは製品寸法の基本形の
製品寸法=μ(平均)± x(変数)σ(標準偏差)
で考えていく。
ここで変数であるxが1、2、3・・・でどのくらいの確率で部品の寸法が製作されるかを次の表に示す。
これはバラツキが正規分布に従う場合は標準偏差σに従って存在する割合が決まるのだ(前回のおさらい)。
表よりX=1までのバラツキしか許されないとなるとおよそ32%は不良品である。
同様にX=2であればおよそ4.5%の不良である。
実際にXをいくつまで許すかは各企業や団体にもよるが大体は、X=3で以下の式のように表される。
製品寸法=μ(平均)± 3 σ(標準偏差) この寸法に収まる確率は99.73% 1000個に3つ
当然ながら例外はいくらでもある。プレミアムな製品を作りたいが、バラツキを抑えられない場合はコストを払ってでもXを減らした管理をする、逆も然りだ。
しかしながら表を見てわかるようにX=4以上になると寸法の存在する確率が99.9%(ほとんど上限になる)に到達し、あまり意味がないことになるので大概の場合はX=3で管理するのだ。
また今まで一つの寸法に着目して進めてきたが、同じ製品の他の寸法も同じ工程であれば同じ正規分布に従う。
つまり製品の全ての寸法の平均、分散を求める必要はなくて代表的な幾つかの寸法の分散がわかれば製品全体の寸法がその分散に従った正規分布になる。
要は全ての寸法を管理しなくても良いということである。
ここまでくれば解ると思うのだが各企業や団体の工程の平均と分散、もしくは標準偏差はそれぞれの実力、生産能力、コストを示していると言っても過言ではない。
会社のレベルがわかってしまうのだ。
トップシークレット事項なのだ。
これが経済だけではわからない企業の真の実力になる。
しかしながら知る方法もないこともない。
折角なのでバラしてしまうと、同一工程(同ロット)で製作された製品を30個程度を購入して自分で寸法の測定をして平均と分散を求めてしまうのだ(一気に同じ物を10個以上頼むと同ロット品の場合が多い)。
ある程度の実力がある企業ならば工場全体で分散がとんでもなくバラつくことはあまりないので、品質の良さを逆手に取って調べてしまうのだ。
このようにして得られたデータから交渉すると、嫌がれることが多いのであまり真似しないように。
図面の寸法公差と製作現場での平均と分散
やっとここで図面の話に戻る。
勘のいい人ならば気付くと思うが、図面の寸法公差と製作現場での平均と分散を=で結んでしまうのだ。
図面寸法 A(中央値)± a(寸法公差)=製作現場 μ(平均)± 3 σ (標準偏差)
もし図面の寸法が寸法±公差の形ではない場合は計算して図面の中央値±公差にして考える。
これによって図面の寸法が製作現場で99.73%、1000個に3つ以内に入ることが保障される。
だから安易に図面の値を変えると製作現場に多大な影響が出るのだ。
逆も然りで製作現場が平均と分散が管理できてないと図面の機能、性能に多大な影響が出る。
一蓮托生なのだ。
だから寸法公差を変えるときはよく注意しなければならない。
ちょっと小話なのだが高度経済成長期の日本はこの分散、もしくは標準偏差を小さくするためのありとあらゆる努力をして成功してきた(努力は今でもしていると思うが)。
有名な改善やQCも雑に言えば分散、標準偏差を下げる活動と思っても良いくらいだ。
分散、標準偏差が小さくなればコストを下げたり製品の公差幅を縮めてより高密度化、高性能化ができる。
半導体産業なんか典型的である。
ガンガン標準偏差を下げる。
でも欠点もあってこのような活動で得られることは既存の製品の延長線上のアップグレードでしかない。
イノベーション的な製品の開発とか苦手になってしまうこともある。まあ、この辺は筆者は複雑な感情を持った考えがあるがまた別の機会にでも・・・。
やっと工程能力指数の話の準備ができた。
工程能力指数 Cp
ここまで来れば簡単でサクッとCpの説明をしてしまう。
図面の寸法を中央値A±公差aとし製作現場での寸法の平均をμ、標準偏差を3倍して3σとする。
$工程能力指数Cp=\frac{図面の公差幅}{3σ 製作現場での標準偏差} $
式と図からわかる通り工程能力指数Cpとは図面の公差幅と製作現場での標準偏差σの割合になる
先ほど図面の公差aと製作現場での標準偏差3σを同一にすると述べた。この場合の工程能力指数は単純に1となる。
でも思い出して欲しいことがあって公差を3σとすると1000個に3個不良が出ると述べた。
発生する確率は、少ないが確実に不良は出る。でも不良は減らしたい。製作現場はもう限界である。設計者さんに何とかしてもらうしかない。
そこで設計者は図面の公差幅を仕方が無いので“標準偏差の4倍にしましょう“となると工程能力は
$ Cp=\frac{4 σ}{3σ}=1.33 $
当たり前だが1.33である。
言い換えれば製作現場の標準偏差に対する図面の公差幅の余裕度(安全率)を示すと思っても良い。
だったら公差幅をどんどん広げればいいじゃないかと思うかもしれないが公差幅を広げると製品の性能が落ちていく。
逆に厳しい公差を製作現場に要求すれば無理をして製作現場が崩壊する。
やっぱり一蓮托生なのだ。
一般的にCpが1未満は不良が出まくってやばい領域で逆にCpが1.33以上だと余裕がありすぎてコストを下げるか、公差幅を狭めて製品の性能を上げるという判断をする。ちなみに私が所属していた会社は品質にうるさい会社だったのでCpは1.33以上で設定されていた。
よって大体の製品は工程能力指数は1〜1.33の間にいるのだ(1.15〜1.33くらいが正常)。
当然、例外はいくらでもあるがこれが基本である。
機械に関わらず全ての量産品はこれに従う。
片側工程能力指数 Cpk
実はここまで述べてきた図面の公差と製作現場でのバラツキの話にはある大前提が隠れている。
その大前提とは、
図面の中央値 A= 製作現場での寸法の平均値 μ
である。
これが同じなのは当たり前だろうと思うかも知れないが実はそうでも無いのである。
量産では、鋳造、鍛造、切削やプレスなど様々な加工方法が存在している。金型や刃具などの加工工具を使って生産する。
考えてみれば当たり前だが、金型や工具は使っていくうちに磨耗して寸法が変化していくのである。つまり製作現場での寸法の平均μは絶えず変化する値なのである。
もうちょっと詳しく述べると、金型や刃具などが磨耗することは分かりきっているので少しでも長く数多くの製品を生産したいので最初は大きめに造ることが多い(金型や刃具などの寿命を命数という)。
金型や刃具が大きいということは製品は少し小さめにできる。当然、生産された製品の平均μは図面の中央値Aに対して小さくなる。
一方で生産した数が多くなれば金型や歯具は磨耗して小さくなる。自ずと生産された製品の寸法の平均μは図面の中央値Aに対して大きくなる。
よって
中央値 A ≠ 製作現場での平均 μ
となる。
じゃあどうやって図面の寸法公差に対して製作現場は何を持って判断すればいいのかというところで片側工程能力指数Cpkを使う。
製作現場の寸法μが変化するならば変化分を織り込んで計算すれば良いだけである。
工程能力と同様に図面の寸法を中央値A±公差aとして製作現場の寸法の平均μが図面の中央値Aより小さい場合(平均μ<図面中央値A)
$ 片側工程能力指数 Cpk=\frac{製作現場での寸法の平均μー図面の公差下限値(A-a)}{3σ 製作現場での標準偏差} $
製作現場の寸法の平均μが図面の中央値Aより大きい場合は、
$ 片側工程能力指数 Cpk=\frac{図面の公差上限値(A+a)-製作現場での寸法の平均μ}{3σ 製作現場での標準偏差} $
で算出される。
評価方法は工程能力指数Cpと同じで1〜1.33の間が望ましい。
できればCpkは、1.15~1.33の間にいるのが設計、生産の両者にとって都合が良く状態だと思う。
1.15を切る場合は厳しい要求を現場にしている自覚を持とう(不可能な数字ではない)。
もちろん各企業や考え方によってどんなCpkの値を目指すかは変化するがCpkは何だと言われればこいつのことである。
計算方法を見てわかると思うが基本的に片側工程能力指数Cpkは工程能力指数Cpより厳しい値になる。
このCpkが1を切り始めると金型や刃具の交換をすることが多い。
まとめ
結局のところ量産における寸法公差とは工程能力Cpと片側工程能力Cpkが1〜1.33の間にいる範囲のことと考えて良い。
できればCpkが1.15~1.33くらいだと制作現場が喜ぶ(それ以上は甘え)。
いずれの値にせよCp,Cpkを求めるのに図面の寸法公差を中央値A±公差aの形にして考えること強く勧める。
実践的な考え方としては基本的には
・図面の中央値A ± 公差a と製作現場での寸法平均μ ± 製作現場での標準偏差3σを比較して工程能力指数Cpが1.33に近ければOK
・工程能力指数Cpが1に近い場合は片側工程能力指数Cpkを計算して1.0を切らなければオッケー
・できればCpkが1.15〜1.33の間にいることが望ましい。
・CpかCpkが1を切るようであれば公差の見直し、工程の見直し、コストアップを覚悟しよう。
次回は複数の部品から構成される寸法公差を解説したいと思う。
今回の記事で紹介した内容に関連する品質(QC)の考え方、統計学に関連する本が安く読める。
しかも流石、本屋が原点であるAmazonだけあって機械工学の専門書がそこそこ揃っていてかなり使えるサービスだ。
特に機械工学の専門書は高額になることが多いので少しだけ読みたい分野の本を眺めるのに非常に役に立つので是非、オススメしたい。
折角なのでさらに機械設計で必須の本があるので紹介しよう。
はっきり言って中身は不親切極まりないのだがちょっと忘れた時に辞書みたいに使える。このブログを見てくれれば内容が理解できるようになって使いこなせるはずだ。
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多くの人が持っていると思うが持っていない人はちょっとお高いが是非、手に入れて欲しい。但し新品は高いので中古で購入を考えている方は表面荒さの項目が新JIS対応になっているのを確認することを強くオススメする。
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やはり予算の大きい機械設計、規模が大きい機械設計、大きな仕事をする場合は日本においては大手に入って仕事をする方がチャンスの機会が多いと思う。
私も最終的に転職はしていないが自分の将来を模索していた時期に転職活動をしていくつか内定を頂いたことがある。
折角なのでその経験(機械設計者の転職活動)を共有できるように記事に起こしたので参考にして頂ければ幸いだ。
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