前回は高校化学で最初に習う基本的な化学結合の4種類、金属結合、イオン結合、共有結合、分子結合を説明した。
前回のラストでも述べたことだが機械材料では金属を扱うことが非常に多いので金属結合のメカニズム、特徴を掘り下げていく。
金属結合のメカニズム、特徴を理解すると自ずと金属の性質がなんとなくのイメージから論理的に捉えられるようになる。
また金属、金属結合の変形メカニズムを知らない、理解できないと後に紹介する結晶格子の違いが実際の物質(金属)へどのような影響を与えるのか理解できるので超重要である。
金属、金属結合のメカニズム(クーロン力)
まずは前回に説明した金属結合の仕組みを思い出してみよう。
ある金属原子が持っている余分な電子を他の金属原子と共有していることを思い出そう。
もし原子の結合メカニズを詳しく知りたい人はこちらを覗いてみて欲しい。
では実際に金属原子間にどのような力が働いて結合しているのかについて考えてみよう。
まず原子について思い出して欲しい。
以前にも説明したが原子は中性子、陽子、電子から構成されている。
その中で陽子は+の電気、電子は−の電気を帯びている。
もし原子の構成の詳細を知りたい方はこちらを覗いてみて欲しい。
ここで重要なことが少し離れた位置に+、ーの電気を帯びているモノがあることだ。
多くの方がイメージしやすいと思うのだが+とーの電気がくっつくのだ。
くっつくと言うことは+と−の間に引き寄せ合う力が働くのだ。
磁石のS極、N極がくっつくのとイメージは同じだ(磁力には磁界が関わってくる)。
磁石のS極同士、N極同士が離れる力が働くのと同様に電気も+同士、ー同士は引き離す力が働くのだ。
こんな感じで電気の+、ーによって発生する力をクーロン力と呼ぶのだ。
ちなみにクーロンさんが確立した理論なのでクーロン力と呼ぶのだ。
ここでクーロン力のイメージがわかったと思うので次にクーロン力の強さについて考えてみよう。
ここで簡単な数式を使うので抵抗がある方が居るかも知れないが、難しくないので頑張ってついてきて欲しい。
まずはいきなりクーロン力の式を図で説明する。
図で理解しにくいと思う量はq[C:クーロン]だと思うが、ここで単純に電気の大きさを表すモノだと思ってくれれば問題ない。
またクーロン定数Kも深く入っていくと重要なのだが、今回の理解では単なる決まった定数だと理解してくれれば問題ない。
今回はこの式$$ P=K\frac{+q1・-q2}{r^2}$$でイメージして欲しい重要なイメージは次の3つだ。
1、電気の量qが増加すればクーロン力Pは増大する。
2、お互いの電荷の距離rが近づくとクーロン力Pは大きく増大する(電荷qが一定)。
3、お互いの電荷の距離rが遠くなるとクーロン力Pは大きく減少する(電荷が一定)。
特に重要なイメージは2と3で次の図のようになる。
このイメージは超重要なので頭のどこかに置いておいて欲しい。
ちなみに+同士、ー同士の反発し合う力、斥力は次の図のようになる。
ここで重要なのが引き合う力の引力の符合が−、反発する力の斥力の付合は+になることに注意だ。
ここで筆者が個人的に興味深いのがこのクーロン力と我々の生活に身近な重力(引力)は非常によく似ているのだ。
筆者が高校生で習った時に勉強で感動したことの一つだ。
電子顕微鏡を使っても見ることが難しいくらい小さな原子を支配している式の一つであるクーロン力、自分が普段生活している世界を支配している式の一つである重力方程式がほぼ同じであるということは視線を大きく取ると自分の日々の行動は原子の振る舞いくらい小さな事と同じことかも知れないと夢想した(筆者は数式に意味付けするのが好きだったりする)。
それはさておき原子の世界に戻ろう。
ここまで説明したクーロン力を金属結合の図に書き込んでみる。
+と−の間にクーロン力が働くことから理解できると思う。
ここで電子$e^-$に働くする力に着目すると電子に各原子から働くクーロン力(力は同じで向きだけが反対)は打ち消されるのだ。
図で理解していただけたと思うが金属原子、金属結合の結合のメカニズムは電子を介することによって発生するクーロン力で原子同士がくっついているのだ。
勿論、このメカニズムは隣の原子だけでなく、電子を共有している周囲にある複数の原子同士に発生している。
このクーロン力で発生する引力で多くの原子がくっついているので我々には金属がカタチとして見えるのだ。
このクーロン力を基に様々な金属原子の結合を考えると共有している電子の数が多い原子(電荷qが大きい)は結合力のクーロン力が強いことや金属結合の原子の距離が近いと結合力のクーロン力が強い傾向になることがわかる。
つまり結晶格子が小さい、原子間の距離が近いと結合力が強いなどの格子の形状の違いがどんな影響を与えるのかが理解しやすくなる(詳細は次回に説明する)。
この結合力の違いが金属原子、金属結合(物質)の強さ、硬さに大きく関係する。
実際の原子の結合メカニズムをもっと詳しく見ていくと電子の電子殻軌道の影響、電子のスピンだったり、中性子と陽子の関係を考える量子力学など難しくなるのだが、大まかな結合メカニズムはクーロン力をイメージすれば傾向として大きく間違えることはないので問題ないと思う。
次に金属結合の変形形態の重要な一つである転位について説明していく。
金属の変形、転位
金属原子、金属結合の変形形態は大きく分けて3種類になる。
種類は変形量毎に変化していくのだが、まずは変形量が小さいところから考えて行こう。
弾性域の変形(小さい変形)
まずは2行4列で結合した金属結合をイメージしていこう(クーロン力も記載)。
この2行4列の金属結合の1行目に水平方向に外力Qを加えてみる。
そうすると金属結合は外力Qによって次の図のように変形する。
図のような感じに結合力であるクーロン力が外力Qに対して斜めに変形しながら踏ん張ってくれる。
一つの原子に着目すると力の関係は次の図のようになる。
この釣り合いが保てる程度の外力の大きさであれば外力を取り除くと金属結合は基の2行4列の状態に戻るのだ。
この元のカタチに戻る金属の特性は非常に重要で弾性と呼ぶ。
さらに元の金属結合、カタチに戻れる範囲の外力、変形を弾性域と呼び非常に重要な概念である。
この弾性を利用している機械はネジ、バネなどで人類にとってなくてはならない存在で重要性がなんとなく理解できると思う(この特性がないと人類文明は成り立たない)。
ちなみに図で説明したような金属原子、金属結合をもっと大きな材料としてみた場合に水平方向の外力によって発生する力を材料力学では剪断力と呼ぶ。
もし剪断力を含めた応力などの材料力学に興味がある人はこちらを覗いてみて欲しい(化学、機械材料と物理、材料力学は繋がっている)。
転位による変形、塑性変形(大きな変形)
次にもっと大きな外力Q2を1行目の原子に加えてみる。
外力Q2を大きくしていくと原子を結合している力、クーロン力を上回って原子同士の結合が切れてしまう。
この状態はイメージしやすいと思う。
ここで金属、金属結合の非常に面白い事象が発生する。
ここで金属結合の特徴を思い出して欲しいのだが、金属結合は物質全体で電子を共有している、電子は自由に動いている、電子は再結合しやすいこと思い出して欲しい。
その再結合性の良さから大きな外力Q2が加わって金属結合が変形し結合が切れたら、変形によって移動した先の近い原子とより強い力で再結合するのだ。
より強い力で再結合できる理由も基本的にはクーロン力で説明できる。
変形前はある金属結合全体の自由電子の数(-q)で4箇所の結合を支えてきたが、変形し再結合すると全体の自由電子の数(-q)は変化せずに結合の数が3箇所に減る。
つまり1箇所あたりの電子の数が増加する、-qが大きくなるので結合力であるクーロン力は増大するのだ(実際は電子だけでなく原子間距離の変化など複雑だがイメージが大切)。
ここで外力Q2を取り除くと隣の原子と再結合しているので元のカタチには戻れないのだ。
この変形のメカニズムを転位と呼び、変形状態を塑性変形と呼ぶ(超重要)。
金属原子、金属結合は転位が発生しやすいので伸び、粘りなどの重要な特性を持つのだ。
例としては粘りのある鉄は曲げたり伸ばしたりすると転位が発生して変形するのだが、プラスチックのABS樹脂、ガラス(結合メカニズムが異なるので一概に比較できないけれど)などは転位が発生しにくいので曲げたり、伸ばしたりすると簡単に破断してしまう。
この金属の伸び、粘りの性質が人類に非常に有用で鍛えてカタチを変える加工の鍛造、金属の板を折り曲げて加工する板金プレス、圧延、転造などに利用されている(この特性がないと人類文明は成り立たない)。
シンプルな鍛造だと次の図のようになる。
こんな感じで加工して人類に有用なカタチに変化させる。
次にさらに強い外力Q3を加える。
外力Q3が再結合した結合力より弱ければ金属結合は多少変形するものの踏ん張ってくれる。
勿論、外力Q3を取り除けば塑性変形したカタチに戻る。ただし一番、最初の2行4列のカタチには戻れない。
この変形量を永久変形、材料力学の言葉を使うと永久歪みと呼ぶ。
破断
次に再結合力を上回る外力Q4を1行目の原子に加えると2、3、4の原子の転位である破断、再結合を繰り返しを超えて破断する。
この一連の動きが金属原子、金属結合の変形のメカニズムになる。
この金属、金属結合へ加える外力Qによって発生する応力σ(シグマ)と変形、正確には歪みε(イプシロン)の関係をグラフにしたモノを応力ー歪み線図と呼び、次のようなグラフになる(材料力学の超基本)。
この応力ー歪み線図の詳細は本ブログで説明しているので良かったら覗いてみて欲しい。
このグラフに今回、説明した弾性域、塑性域(転位の発生)、破断を乗せると次の図のようになる。
当然ながら外力と変形の関係は原子(材料)によって変化するし、同じ原子(材料)でも結晶、結晶格子の変化によって変化する。
逆説的に述べると原子(材料)と結晶、結晶格子が分かればどのくらいの外力でどのくらい変形するのかが予め解るので人類が利用できる。
これがわからないと材料が決められないので設計でカタチだけを描いてもあまり意味がない。
なので結晶、結晶格子を知ることも非常に重要なのだ。
以上が金属原子、金属結合の変形メカニズムの説明になる。
まとめ
いつも通りまとめて行こう。
まずは結合力のメカニズム。
1、金属結合では陽子の+と電子のーが引き合う力で結合している。
2、+と−の電荷はクーロン力によって引き合う。
3、電気の量qが増加すればクーロン力Pは増大する。
4、お互いの電荷の距離rが近づくとクーロン力Pは大きく増大し、逆に距離rが遠くなるとクーロン力Pは大きく減少する(電荷が一定)。
次に金属原子、金属結合の変形メカニズムのまとめだ。
1、金属原子、金属結合が外力によって結合状態が切れても近くの原子と再結合する。
2、近くの原子と再結合して変形することを転位と呼び、その変形を塑性変形と呼ぶ。
3、転位に至らない範囲での外力による変形は外力を取り除くと元のカタチに戻り、弾性変形と呼ぶ。
4、金属原子、金属結合の変形と外力の関係を巨視的(マクロ)に見ると材料力学の応力ー歪み線図で表せる。
今回の内容は機械設計者だけでなく機械に携わる全ての人に重要なことなのでなるべく理解して欲しい。
特に金属原子同士の結合力を決めるクーロン力のイメージ、クーロン力は距離$r^2$に反比例することが重要だ。
さらに金属の変形状態の弾性、転位が発生する塑性のイメージも重要だ(弾性のイメージも重要)。
ここで面白いのが高校の物理(クーロン力)、高校の化学(原子の結合)と大学や実際の設計などに使う機械材料、材料力学に繋がるのだ。
学問や勉強はただ単に個別に暗記しているだけだと実践の時に役に立たない。なので知識などを含めた学問は頭の中で連携させて考えることが重要だ(例えば国語、数学は正反対に見えるが論理思考という意味では完全に一体だ)。
微細(ミクロ)な現象に目を向けると化学、機械材料の学ぶことで理解でき、少し巨視的(マクロ)な視点に目を向けると物理、材料力学になる。
さらに視野をミクロにすると量子力学などになり、視野をマクロにすると機械力学から実際の機械のエンジンからバイク、車などの一般消費財、最先端のロケット、次世代クリーンエネルギー発電機のような大型機械にも繋がってくる(勿論、広義にはITも関係する)。
つまり義務教育、高校教育の数学、物理、化学などは最先端の科学に確実に繋がっているので頑張って理解しよう(このブログでは各分野を繋げた理解のお手伝いをしていく)。
そんな理由でこのブログではしつこいくらい暗記ではなくイメージが重要と述べている。
次回はいよいよ金属の結晶、結晶構造について説明する。
基本的に本内容の教科書は存在せず筆者オリジナルだが筆者が学生から使っている教科書を紹介する。
もう一点、機械設計で必須の本があるので紹介しよう。
はっきり言って中身は不親切極まりないのだがちょっと忘れた時に辞書みたいに使える。このブログを見てくれれば内容が理解できるようになって使いこなせるはずだ。
またよく使う規格が載っているので重宝する。JISで定められて機械材料の特性が載っている。
多くの人が持っていると思うが持っていない人はちょっとお高いが是非、手に入れて欲しい。但し新品は高いので中古で購入を考えている方は表面荒さの項目が新JIS対応になっているのを確認することを強くオススメする。
さらにオススメしたいのがアマゾン キンドル アンリミテッドだ。アンリミテッドだと数多の本が月会費だけで読める(漫画〜専門書まで幅が広い)。
しかも流石、本屋が原点であるAmazonだけあって機械工学の専門書がそこそこ揃っていてかなり使えるサービスだ。
特に機械工学の専門書は高額になることが多いので少しだけ読みたい分野の本を眺めるのに非常に役に立つので是非、オススメしたい。
また本ブログをキッカケとしてエンジニアとしてステップアップして大きな仕事を掴む手段の一つとして転職するのも一つの手だ。
やはり予算の大きい機械設計、規模が大きい機械設計、大きな仕事をする場合は日本においては大手に入って仕事をする方がチャンスの機会が多いと思う。
私も最終的に転職はしていないが自分の将来を模索していた時期に転職活動をしていくつか内定を頂いたことがある。
折角なのでその経験(機械設計者の転職活動)を共有できるように記事に起こしたので参考にして頂ければ幸いだ。
コメント